3章 面接
俺達って、帰れないのか?
「なあ、魔王。俺達ってさ...帰れないのか?」
「帰れない。というのは、異界にという事か?そうだな。厳密にはどこに出かけている訳でも無いが。」
「マジかよ...。」
やっぱり、帰れないんだ。
感覚としては、時が止まった現実世界と俺達が潜り込んだこの世界、という感じだろう。分かってはいるが、現実世界にある自分の本体が心配だ。
「そういえば、お前達は今日より魔王軍となるのだ。つまり、こういう事が必要になってくる訳だ。」
魔王は俺達4人の頭の上に手を翳し、これまた何らかの呪文を唱えた。すると、魔王の手から眩い光が飛び出し、俺達は咄嗟に目を瞑ってしまった。
「うわっ!」
「何だ?今の...。」
「お前達、もう一度ステータス画面を開いてみよ。」
言われるがまま、もう一度開く。すると...
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名前:カズトシ
職業:魔王軍のフリーター
HP:1600
MP:1000
攻撃:800
魔法攻撃:600
素早さ:5
防御:6
レベル:1
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何じゃこりゃ⁉︎
確かにHPや攻撃力は変わってないけど、素早さと防御が...。レベル1になってるし!あと、よく分からない職業に就かされている...。
「あっ!俺達の冒険の記録が...!」
「本当だ...。丸ごと無くなってる....。」
「魔法は効いた様だな。良かった良かった。」
魔王はうんうんと頷いている。
レベル1って、こんなところでどうすれば良いんだ⁉︎
こんな事も出来るのか⁉︎恐ろしいヤツだ。魔王...。
「では早速、と行きたい所だが、今日はもう遅い。ゆっくり休んで、明日面接を行う事にする。それから、この紙を渡しておくぞ。」
「...何これ。」
魔王から手渡されたのは、なんと『履歴書』だった。日本式だ。バリバリの日本式履歴書だ。俺、見た事はあるけど書いた事はないぞ⁉︎
「これは履歴書だ。面接の際に履歴書を書くのは当然の事だろう。それともまさかお前ら...アルバイト経験すら無いと?」
「俺はあるよ!」
「私だって、アルバイトくらいした事あるわ!」
「実は...無いです。」
「俺も...無い。」
ほれ見ろ、亜耶香も無いじゃんか。結構普通の事なんだと思うぞ?
「ハァ...仕方ない。書き方を教えてやる。ついでにそこの2人も、忘れていないかのチェックだ。来い。」
その後、魔王による履歴書の書き方講座を30分受け、書き終わる事ができた。
陸と咲良は不満そうだったが、まあいいだろう、30分くらいは。
「良いか?今のご時世、高校生でも履歴書を書けなきゃ生きていけないぞ?ここでしっかり覚えておくのだ。」
魔王、なんで履歴書の書き方知ってるの...。魔王に略歴とか無いでしょ!家族構成とか無いでしょ!
だがまあ、俺が履歴書を書くことが出来たので良しとしよう。
魔王に案内された部屋に着いた時、目の前の光景を見て、俺は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
その部屋はかなりお高めの部屋だったのだ。日本で言うアポホテルとか西横インとか、そういうホテルの最上階にありそうな部屋だ。ベッドルームとテーブルに分けられていて、広めのバス・トイレがついている。
ベッドもシングルだが、かなり良い材質をしている様だ。
「分かっていると思うが、バス・トイレはそこ。クローゼットはそこだ。それと、ベッドの材質にはついてだが、ヤミドリの羽毛を厳選して作ったものだ。」
そこまで聞いて、俺はベッドから離れた。ヤミドリといえば、魔界を飛んで人語を話す、プテラノドンの様な鳥(?)の事だ。今まで何回か戦ってきたが、こんなに良い羽毛が取れるのか...。
「では、お休み。早いうちに寝るのだぞ。」
魔王は出ていった。その時、もう1人の母親ができた気がしたが、気のせいだろう。
俺達はその後、4人で俺の部屋に集合した。
「はぁ〜。一時はどうなる事かと思ったぜ。」
「一俊、アンタあの状況でよく話せたわね。ちょっと見直したわよ。」
「俺もすっげぇ怖かったよ?でもこういうのは黙ってちゃいけないんだ。」
「流石一俊、怒られた時の対処法を良く知ってる。」
「亜耶香、それフォローになって無いからな?」
俺達は魔王の事について話し合う事にした。
「とりあえずは何もしてこないみたいだし、暫くここで働いてみるか?」
「私はまだ疑ってるわ。ブラック企業っていうのはだいたいそういうものよ。」
「それ大事だけど、私達は帰れないっていう事の方が大事。どうするの?」
「どうするって言われても、どうしようも無いだろ。今は魔王の言葉を信じた方が良い。」
「実際、ログアウトは出来なくなってるしな。」
俺はログアウト画面を開こうとするが、押しても反応が無い。完全にダメだな、コレは。
「で、明日の話なんだけど、面接はどうする?俺は受けた事無いんだけど。」
「高校受験の時にやったでしょ。それくらいは覚えてなさいよ。」
「あー、そういえばあったかも...。」
「この履歴書、ちゃんと学歴まで書ける。しっかりした履歴書。」
「履歴書の型は日本式なんだよな。何者なんだ、アイツ?」
俺達は長考したが、結局その答えは出ず。仕方が無いので、その日は眠る事にした。そしてその夜。
「やっぱこの布団、気持ち良いな。ヤミドリも馬鹿にならないかもしれない。今度ちょっと狩りに行ってみようかな。」
そんな寝ぼけた事を考えていると、ふと声が聞こえた。
「あの人間達、どこで働かせるべきか...。そういえば、城内掃除隊が、人手が足り無いと言っていた様な...。いや待てよ?厨房も言っていたな...。あれ?もしかして過労か?...アイツらの職場は後だ。先に労働基準法を改正するか。」
「アイツらは...最初は雑用からだな。それより、過労死を防がなければ。」
そう言って、魔王は走って行った様だ。
(え?今の何...?)
魔王はこんな時間まで働いてんのか。何だか大変だな...。俺らは明日から雑用か...。
ん?あれ?ちょっと待てよ?良く考えたら俺達、人間だよな?魔王軍に馴染みすぎじゃないか?何故、こんな事に...?
翌朝、俺の部屋に食事が送られてきた。食事の内容は、見た事のない肉と黒いパン。そして緑色の液体だった。
「これは...?」
食事を運んできたメイドが答える。
「これはブラックオーガの肉で御座います。このパンは魔麦で作られている焼きたてパン、そしてこの水は、とれたてのスライムを浄化してできたスライムドリンクで御座います。栄養ドリンクに近い物となっております。」
「ブラックオーガってあの...パンはまだ良いとして、スライムドリンクって何ですか?」
「昨今、魔界で流行っている飲み物です。異界で言う『たぴおかみるくてぃー』なる物の様な存在だと魔王様は仰られていました。」
「なるほど...。」
メイドは『食事が終わった頃にまた参ります。』と言って部屋を出ていった。
それにしても、この食事...。ブラックオーガというのは、魔王城周辺の強豪モンスターで、オーガ種の頂点の様な存在だ。その肉を食うのか...?
魔麦というのは、魔界でのみ収穫ができる作物で、米にも小麦にもなる様な感じだと聞いたことがある。美味しいのだろうか。
最も怪しいのがこの『スライムドリンク』だ。何だこれは。元々スライムって...。
だいたい、タピオカミルクティーって今も流行ってるのか?
俺は流行に疎いし、そういう物は飲まないから、原材料がキャッサバ(東南アジアの芋)という事くらいしか分からん。
「とりあえず...腹も減ったし食べるか。」
俺は恐る恐る食事を口に運んだ。こんな物食べて、死にはしないか。毒が入ってるんじゃないか。と思いながら。
「...この肉、うま...!」
「ブラックオーガってこんな美味しい食べ物だったのか...!日本のステーキより美味しいんじゃないか⁉︎」
「このパンも、ただのパンなのに味がついてる様に感じるほど美味い!魔界の食い物は美味すぎる!」
そして、俺はこの怪しい飲み物も一気に飲み干す。
「...これは凄い。道理で流行る訳だ。俺が1人で食レポをしてしまう程に美味い。」
このドリンクは、何と表現して良いか分からない味だったので、明記は避けておこう。
俺が全部食べ終わった瞬間、扉が開いてメイドが姿を現した。
「食事を下げに参りました。」
「あ、はい...。」
まるで俺が食べ終わるまでそこで待機していたかの様な速度で反応して来た。
最近のメイドはそこまでか...。
メイドは俺の食事を持ってトレイに乗せると、「では失礼します。この後は面接でいらっしゃいますよね?魔王様の元へは遅れず行かれますよう。」と言って帰っていった。
「さて、じゃあ面接とやらに行くか!」
俺は履歴書を持って、面接に向かう事にした。何故かクローゼットにスーツが入っていたので、それを着ていく事にした。スーツには『面接にスーツは基本だ by魔王』という紙が貼られていたのだ。
俺が行くと、すでにみんなは到着していて、またしても遅れる形となった。
緊張はしているようで、少しばかり皆の目線が下を向いていた。雑用の面接なんだけどな...。
それから暫くして、面接が始まった。陸、咲良、亜耶香の順に進んで行く。様子を聞いても、『別に普通だった。』しか答えてくれない。そして、とうとう俺の番がやってきた。
部屋に入ると、中心の長机に魔王が座っていた。今日はスーツにオールバック、メガネはしていない。
「最後だな。良し、では面接を始める。」
「最初に1つ断っておきたいのだが、この面接はきちんとした物では無い。だって、志望動機とか無いだろう。」
「聞くのは自己紹介と自分の出来ること、それから抱負を語ってもらう。」
抱負⁉︎何が抱負だ!目標なんぞ無いわ!
自分の出来る事って、自己PRの事か?
「えっと、都立〇〇高校一年の小沢一俊です。
年齢は16で、生年月日は20××年5月15日です。特技は...そうですね、陸上をやってました。」
「成る程な。では次に自己PRをしてもらおう。」
「そうですね...。さっきも言いましたけど、陸上をやってたんです。だから、俊敏性には自信があります。」
「ほう。俊敏性か。成る程な。」
魔王は何かを書き記している。俺の詳細を記録しているのだろう。
「では最後に、抱負を述べてもらおう。」
「抱負ですか...そうですね。俺は出世したいです。いつかたくさん金が貰えるように頑張りたいです。」
俺は魔王なんかの悪役系に受けそうな台詞を言ってみた。これで引っかかるか?
「貪欲な姿勢、評価に値する。良い心構えだな。...以上で面接を終わりとする。」
俺は部屋から出て、再び待合いに戻った。
皆も緊張した面持ちで座っていて、何故か俺も少し釣られる様に緊張してしまった。
今思ったのだが、普通の面接官というノリで魔王に接していたので、敬語で話していた事を思い出した。ちょっと馴染み過ぎなんじゃ無いだろうか?
暫くすると、魔王が部屋から出てきた。その手には数枚の資料と思わしきものを抱えている。
「お前達、面接は終わりだ。これから結果を発表する。」
自然にゴクリと唾を飲む。あれだけやったのだから、採用であって欲しい。
「全員、合格だ。」
「元より、面接などせずとも仕事はしてもらうつもりであった。しかし、お前達が私に言われた事を厳守して誠実に行動出来るかを測るため、この面接が行われたのだ。」
おー。この魔王、部下の統率めちゃくちゃ上手いんじゃないか?俺達はいつでも誠実だぞ?
「本日の午後より、お前達には仕事を始めてもらう。最初は城内の掃除からだ。掃除長!」
「はい、掃除長で御座います。魔王様、如何為されましたか?」
「この者達を掃除隊として編入させて欲しい。前に、人手が足り無いと言っていただろう?」
「魔王様、大変有難い限りです。しかし、何故この掃除隊に...?」
「何事も基本からだ。雑用をこなして出世していく物なのだ。」
「はっ。有り難く存じます。」
「私はもう行く。掃除長、この者達をよろしく頼むぞ。」
そう言って、魔王は去っていった。
掃除長は、執事の様な格好をしている老人男性で、人間に近い種族なのだろう。人間だと言われれば信じてしまう。
「私は掃除長のガフナーと申します。種族はドワーフです。あなた達の仕事を統括しています。」
「今から昼食を挟みます。その後、ここに最終号して下さい。」
丁寧な口調で掃除長は説明をし、どこかへ行ってしまった。
とりあえず、仕事が始まるまでの間、俺達は昼食を取る事にし、食堂へ向かった。
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