第21話 暗殺者?のお正月

 年が明け、一発目の朝。いや、昼前と言った方が正しいか。

 時刻は午前十一時。


 朝生は自宅の前で樫木が来るのを待っていた。


 彼女は一度帰宅したのだ。


 朝起きて(朝生は一睡もできなかったが)樫木はお雑煮を作ってくれた。

 事前に用意していたおせちと一緒に頂いてから、少しのんびりした。


 まったりと会話を交わしている最中、初詣に行くかどうかという話題が出た。

 朝生は元々、行く予定はなかったが樫木はそうではなかったらしい。


 せっかくの機会。

 朝生は初詣に行くことを了承し、準備をした。


 その際、樫木は振袖に着替えたいとのことで、一旦彼女は自宅に踵を返したというわけだ。


「振袖かぁ……」


 思わず独り言をポロリ。

 かねてから樫木は和風美人だと思っていたこともあり、彼女の振袖姿に期待が膨らむ。


 びゅうっと冷たい風が朝生の肌を刺激し、ぶるっと身震いをする。

 けれど、その身震いは寒さだけではなく、樫木への期待からくるそわそわとした気持ちも起因している気がする。


(朝起きた時からすでに可愛さが振り切れていたしな)


 そうなのだ。


 今朝、目覚めた瞬間の樫木の可愛さは限界を突破していた。

 二人は寝る前に、手を繋いだ。

 そして朝生は一睡もしていない。


 一晩中ドギマギしていて、結局手を離さなかった。

 するとどうなっているか。


 当然だが、樫木が目を覚ました時も手は繋がれたままになっている。

 そのことに気づいた樫木は体をベッドから起こすのを大変躊躇った。


 樫木は耳を真っ赤にして、しばらく固まっていた。異性と手を繋いで寝た、というより単に恥ずかしかったのだろう。昨晩は樫木は心の弱い部分を惜しげもなくさらしたようなものだから。


 布団の中でのフリーズ状態が解け、樫木はぎこちなく動きだした。だが、一向に出る気配はなかった。

 もぞもぞしているだけ。


 それもそうだ。


 だって横で寝ている朝生が手を離してくれないのだから。

 本当は朝生は起きていたのだが、時々樫木の口から漏れ出る「うぅ……」とか「ど、どうしましょう……」という困った様子が可愛くて、つい狸寝入りを続けてしまったのだ。


 だが、あまりの可愛さに居た堪れなくなった朝生は一分後に樫木を解放。

 手の平から温もりが別れを告げた。


 そんなこんなで新年早々樫木の可愛さに触れてしまった朝生は、まだ彼女が帰宅して三十分も経っていないのに、待ち遠しいと思う気持ちで溢れていた。


 スッと視線を自分の手の平に移す。


 朝生は想像以上に樫木と手を繋ぐという行為に固執――平たく言うとハマっているようだ。


(いやいやしっかりしろ、俺。樫木は『暗殺対象』だ。いずれ殺す相手だぞ。手を握ることを楽しみにしてどうする)


 うがーっと頭を抱えて唸る。


「奇声を上げてどうかしたのですか?」


 背後から柔らかい声。

 聞き馴染みのある、ずっと待っていた声だ。


 けれど今じゃなくていいだろ。

 せめてこう、クールに佇んでいる瞬間とかさ。

 おかげで、朝生の脳内に羞恥を含んだ血流がドバっと流れ込む羽目になった。


「な、七優。お、おまたせ……」


 返す言葉が上擦った。


「それは私が言うべきセリフでは?」

「あぁああそうだなそうだったなハハッ!」


 宙に浮いたような朝生のリアクションに、樫木はふふっと微笑む。


「いつもどおり変な陽太くんでちょっと安心です」

「いつも変だと思われたのかよ」

「はい、変わってるなーって」

「即答!?」


 楽しそうに相好を崩す樫木。

 対する朝生は、死に物狂いで言葉を返す。


 なぜ死に物狂いかって?


 それは樫木の和装に全て答えが入っている。


 樫木は宣言通り、振袖を身に纏っているのだが。

 期待以上に樫木と和装はマッチしていた。


 紺色を中心としたシックな色が、ある意味樫木らしくない、不思議な落ち着きを思わせて。

 ただ、所々にあしらわれている金色の模様が同時に彼女の読めない妖艶さを演出している。

 かと思えば、桃色の花柄が唐突に女の子らしさをアピールしてきて、兎にも角にもありったけの魅力が、一着の振袖に詰まっていた。


 以上のことから、朝生はドキドキしすぎて、返答するにも死に物狂いだったのだ。QED証明完了。って完了してる場合か。尊さで死人が出るぞ。(主に朝生)


 無意識的に、朝生は手で口元を押さえていた。

 明らかに照れてますと言わんばかりの行動を、樫木が咎めないわけがなかった。


「な、なんで陽太くんが動揺しているのですか……?」

「ど、動揺なんてしてねえって!ほらっ!どうよっ!!」


 朝生はなぜか自分の服装をアピールしだした。それに極めつけの「どうよっ」


 完全に動揺していた。


 くだらなすぎて、土曜のサスペンスドラマで真っ先に殺害されるべきレベル。わーいつまんなーい。軽く死ねるわ。


 朝生とは違う意味で目を泳がせる樫木。

 気を遣わせてごめんな。


 迷いの末、樫木は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、言った。


「え、えっと……ここに留まっているだけでは寒いだけですし、そろそろ歩きましょうか」

「…………だな」


 スルーしてくれて助かった。優しいな樫木は。

(優しいから、寒いっていうのは気温の話であって、俺のことじゃないよな?)


 一抹の不安を抱えながら、二人は近所の神社へ足を運んだ。

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【一章が完結!】暗殺対象のカノジョが可愛すぎて殺せない〜殺そうとしても学校一の美少女はデレるし、世話好きだし、たまに「えっち」だから失敗する〜 下蒼銀杏 @tasinasasahi5

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