第17話 風呂?1

『陽太くん。お願いがあります』

『うん?』

『あの……今日だけお風呂……貸していただけませんか?』


 大晦日の夜。

 朝生がテレビを見て笑い転げていたときのこと。

 樫木からそんなLINEのメッセージがきたのだ。


(クリスマスイブの帰り道で交換した連絡先……結構役に立っているな)


 あれから割と樫木が連絡をくれるようになった。


『おはようございます』とか『朝ごはんちゃんと食べてますか』とか。

 何でもないような会話をよく繰り広げる。


 異性とメッセージアプリで雑談することがなかったので、朝生は一つの楽しみになり始めている。


 そんな中での”お風呂貸して”連絡。理由を問うと。

 どうやら家の風呂が壊れたらしかった。


 それは可哀そうだ、と思った朝生はすぐに『オッケー』と伝えた。




 ――そして今に至る。




 ざあぁぁ。




 シャワーの音がうっすら聞こえる。

 朝生は和室で瞑想をしている。

 もちろん理性を飛ばさないためだ。


(考えるな、感じろ……いや感じても駄目だろ。むしろ危険なのでは?)


 堪えて堪えて堪える。


 半径十メートル以内に裸の女の子がいるのがヤバイ、という平均以上の変態みたいな思考をする朝生。


(落ち着け。俺の目的を思い出せ。そうだ。『暗殺』だ。七優を『暗殺』する絶好のチャンスじゃないか)


 呼吸が整う。

『暗殺』という言葉が朝生を冷静にした。




 ――”溺死”。


 湯船に浸かっている樫木の顔を水面に押さえつけ、溺れさせる。

 力技だが、シンプル・イズ・ベスト。

 変にこねくり回すより、単純な方が失敗しない。


 とはいえ、異性と話すだけで挙動不審になる朝生が、入浴中の樫木を襲えるのだろうかと考えなかったわけではない。


 朝生は対策を用意していた。


(目を瞑りながらいけば、大丈夫……なはず!)


 視覚情報をシャットアウトするつもりである。

 裸だろうが何だろうが見えてなければ耐えるだろう、と童貞の朝生は思案した。

 シャワーの音で興奮していたのを棚に上げて。


 理性云々うんぬんは置いておくとして。

 視覚が機能していなくても、朝生は『暗殺』ができるように訓練されている。


 だから、目を瞑ったまま対象を”溺死”させるという行動自体は容易にこなせる。

 ただ、理性が持つかどうかの話なのだ。


(俺の信念を思い出せ)


 千極に相談したあの日、朝生は気持ちを切り替えた。


 ――”一番大事なものが『暗殺』になったときがそのとき”だと。


 無理はするなと。

 身を案じてくれる仕事仲間は二人ほどいる。

 頼もしいことだ。


 肺に入っていた空気を吐ききり、すうーっと新鮮な空気を吸い込んだ。


「いくか」


 朝生は腰を上げ、風呂場の方へ足を進める。




 ざあぁぁぁ。




 シャワーの音が微妙に大きくなる。

 洗面所の前で、一度立ち止まった。


(そろそろ瞑るか)


 ギュッと瞼を閉じる。暗い。

 視覚がない分、聴覚が少し鋭敏になった。


 耳をすませば、さっきは聞き取れなかった声も聞こえてきた。




 ――――ふんふんふ~ん♪




(鼻歌可愛すぎぃ!!じゃなかった、取り乱すな俺っ……)


 頭を振る。

 そろりそろりと洗面所に侵入。

 物音を立てないように。


 知らない空間ではない。

 洗濯機などの位置は押えているつもりだ。


 だが、朝生は触れてしまった。”布”、のような感覚が指先に広がる。


(なんだ、これは……?)


 未知の触覚を感じ取り、朝生はしばらく”それ”を探るように触った。

 近くにもう一つ”布”、のようなものがあり、”それ”にも探りを入れた。


 こちらは先ほど触ったものより大きく、何やら二つほどの膨らみがあって……。


 思考が止まった。強制シャットダウンとでも言うべきか。

 これ以上深入りしてはいけないと本能が訴えかけ、慌てて手を引っ込めた。


(これ、下着じゃね……?)


 とりあえず一発自分の鳩尾を殴った。


(『暗殺』とか言っときながら、やってることはただの変態では?)


 明らかに動揺を隠せない。

 どうしたものか。


 頭の中で悪魔と天使が囁いていた。




 ――――目ぇ開けちゃえよ。お前の好きな黒のエロいやつかもしんねーぞby悪魔


 ――――駄目よ!そんなことすれば七優が悲しむわ!ここは一時撤退よby天使




(なんで天使がオカマ口調なんだよ)


 そんなどうでもいいツッコミを心の中で行う。


(ていうか悪魔も天使も『暗殺』について言及してねえ)


 こんな心境じゃ『暗殺』はできないなと結論付けた。


 殺意が薄れなかったとき。

 一番が『暗殺』になるまで殺すことを考え続けろ。


 ”そのとき”は必ず来る。


 今回は思わぬアクシデントのせいだ。

 反省して次に活かそう。


 そう決めた朝生は、薄目で”それ”を確認してから、静かに和室へ戻った。


 朝生が好きな色だった。あと想像以上に大きかったような……。




 ――――『暗殺失敗』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る