第16話 暗殺相談

「朝生が僕に相談コンサルト?」


 カタカタとデスクワークをしながら千極穣一せんごくじょういちは耳を傾ける。

 ぽっちゃりした体型に似合わない派手な原色のスーツ姿。

 一言で言うとイキっている。痛々しい。

 加えて、千極はビビッて、この中二病の装いを外では絶対にしない辺りに絶妙な気持ち悪さがある。


「ああ。結構深刻なやつ」


 熱々の紅茶が入ったカップを朝生は千極に手渡す。

 香りを嗅いでから口につけた。


 朝生たちのホーム。つまり『六徳カフェ』の隠し部屋。


「へえー。志河沙はいなくてもいいのかい?」

「あいつは……そうだな。言っても一蹴されそうだし。できれば千極の意見が訊きたかったんだ」

「おぅおぅおぅおぅおぅおぉぉ~う!Dankeダンケ!」

「ノ、ノリがきつい……。志河沙いた方が良かったか……?」

「まあまあそう言いなさんな。さっきの志河沙をこの場から離れさせたメソッドは見事だったぞ」

「駅前に新しい猫カフェができたって教えただけだがな」

彼奴きゃつは重度の猫好き。あと二時間は戻ってこないだろうよ」


 ハッハッハッと千極は高笑いした。

 相変わらずのオーバーリアクションに朝生は早くも疲れを見せる。


(いや、今回は千極に相談に乗ってもらうんだ。嫌な態度をするのは失礼だな)


 そう思い、朝生は隣の椅子に腰かける。


「それでさ、千極」

「うむ。なんだ」

「もしさ。俺が『暗殺』したくないって言ったら――」




 ――――朝生は拳銃を突きつけられた。




「お、おい!ちょっと待てって!?」

「この反応速度……本物の朝生か」

「あ、ああ。まあ俺の言い方も悪かったな」

「悪いねぇ~。あの朝生が『暗殺』したくないなんて言うから偽物かと思っちゃったさ~」


 朝生は掴んでいる拳銃をそっと離した。

 千極も笑いながら拳銃をしまう。


「それで?本物の朝生が『暗殺』したくないと言う理由は何かな?」

「や、したくないわけじゃないんだ」

「あ~違うのかい?」

「ああ。言ったらどうなるかって仮定の話をしようとしたんだけど……さっきの千極の反応でわかったわ」

「いやいや。さっきのは君にしては突飛な話で偽物かと思っただけにすぎない。なぜ『暗殺』したくないと言うのか、理由を聞かないことには判断しかねる」

「理由か……」

「なんだ?言いづらいことなのか?」

「そうだな……。でも言わなきゃ始まらんしな……」


 逡巡。


 軽々しく口にしていいことなのか迷っていた。

 自分でもよくわかっていない。

 何を考えているのか。何がしたいのか。

 こんな気持ちになったのはなにぶん初めてで。


 端的に言うと、苦しかった。


 朝生の相談内容は、どう言い訳しても貫いてきた信条を曲げかねないものである。『暗殺観』が揺らぐ予感。


 今ならまだ間に合う。口に出していないから。


 言ってしまったが最後、今までと同じ【ヌル】でいられるとは思えない。


(いや、違うだろ)


 朝生は頭を振る。


(変わってしまうかもしれない。そのことはすでに覚悟してきたはずだ。だから千極にこうやって話を聞いてもらっているんだ。しっかりしろ、俺!)


 パンッと頬を両手で叩く。


「うおっ!?びっくり……じゃなくてサプライズした~。何だよ急に」

「気合入れ直しただけだ」


 りきんだ小声で朝生は、吐露した。


「俺!な、七優のことをさ……。す、す――」

「お前まさか『暗殺対象』の樫木さんを好きになったのか!?」

「あ、いやそれは違くて」

「違うんかいっ!!」


 千極がキャラを忘れて、鋭くツッコんだ。


「よ、よし朝生。仕切り直しだ。カモーン♪」

「何か言いづらいな……」


 ごほんと咳ばらいを一つ。


「俺さ。七優のことす、好きに――」

「好きに?」




「好きになんだけどどうしたらいい!?」




「……ホワッツ?」

「あ。これだけじゃわかりづらいよな。つまりこのままじゃ殺意が――」

「や、ちょっと待て!なりそう?なったんじゃなくて?」

「なってはない」

「断言!?」

「断言だな。今の俺の気持ちはいわゆるあれだ。女子が事務連絡で話しかけてきただけで、『あれ、もしかして俺のこと好きなのか?』とか勘違いして意識しちゃうあれと同じ。千極は思い当たる節、あるだろ?」

「あーなるほどあれかー。じゃねえよ。何、僕のこともモテない童貞道に誘ってんだよ。誘導尋問うめえな」

「あ……なんか悪い……」

「ガチトーンで謝るなチクショー!」


 机に突っ伏して泣き声を上げる千極。

 まあ本当に泣いているわけではないだろうが。


「じゃあ何?朝生は樫木さんのことを意識してるってこと?」

「ちょっと!ちょっとだけな!!」

「物量の問題じゃないと思うんだが」


 気を取り直して、千極は顔を上げた。

 朝生は顔の前で両手を組み、考えるポーズを取った。


「それでさ。このままだと殺意が揺らぎそうな気がするんだよ。でもそれは困る。俺は七優の『暗殺』の依頼を受けているわけだからな」

「ほうほう。そいで?朝生は僕に何が訊きたいんだい?」




「それはな。俺はこれからどうしたら七優に対する殺意を保ちつつ、『暗殺』できるのか。その方法を千極に尋ねたかったんだ!」




「知らん……」

「えぇ……」


 即答され落胆。

 まあ仕方のないことかもしれないと割り切る。

『暗殺対象』に好意――あるいはそれに近い感情を抱いているなんて奇特な『暗殺者』がそういるはずがない。

 ましてや千極にそういった経験がないのも昔から知っている。


 それでも朝生は相談したのだ。

 それはやはり千極のことを信頼してのこと。

 そしてその期待を裏切ることなく、千極は誠実に答えてくれた。


「んー。まあでも単純に考えたらいいんじゃ~ないか?」

「単純?」

「そうさ。殺意が揺らぐなら整え続ければいい。いつも通り常に『暗殺』することを考え続けるってこと。その一瞬で君の一番大事なものが『暗殺』になったときに『暗殺』すればいいだろ~よ」

「そんな簡単にいくか?」

「君だって伊達に『暗殺者』をやってきてないだろ?長年支えてきた信念ってものがあるはずだ。君で言うと、拾ってくれた代表への恩返しってところだな」

「……そうだな」


 重々しく言葉を発した。


 物心つく前から孤児だったため、朝生にとって『暗殺』は全てだった。

 代表に拾われ、訓練の日々。


 危険を察知するために、目を開けたまま寝る練習。

 真っ暗な部屋で敵の気配を気にしながらの食事など。

 はたまた、捕まえる側の位置が隠れる側にバレないように行うかくれんぼ。

 四歳の頃から、世界でも難解と評されているパズルをよく解かされてもいた。


 こんなふうに。これらはあくまで一例にすぎないが。


 朝生の日常は『暗殺』を中心に回っており、『暗殺』こそが自分の存在意義だと自然に考えるようになった。


 嫌だとも辞めたいとも思っていない。


 なぜなら生まれた時からこんなだから。

 これ以外の生き方を知らないんだから、他に望みようがない。


 実際、朝生は代表のおかげで何不自由ない生活を過ごせている。

 あのとき、代表に拾われていなければおそらく死んでいただろう。

 または、別の誰かに拾われていたとしても、ここまで才覚のある人間にはなっていなかっただろう。


 代表は朝生に命と才能を与えてくれたのだ。


 その恩義を、朝生は『暗殺』以外で返す方法を持ち合わせていない。

 だから『暗殺』を続ける。それが当然なのだから。


 だが。


 だが、樫木七優に出会ってから歯車が狂った。


 今まで『暗殺』が全てを占めていた脳のスペースに、『樫木七優』が割り込んできたのだ。


 初めての感覚。朝生は現在進行形で困惑している。

 どうすればいいか全くわからない、機械で言う”深刻なエラー”。

 ”バグ”と表してもいい。


 その”バグ”ゆえに朝生は「そうだな」と答えるのに一瞬間が空いたのである。


「おいどうした?僕のアドバイスじゃ不服かぁ?」


 肩を叩いてきて、千極は言った。


「いや。結構助かった。ありがとな千極」

「くっくっく。この程度の助言。造作もないっ!」


 千極は格好つけて、前髪を手で払った。

 このうざったい感じが逆に安心できて、朝生はフッと笑みをこぼした。


「それはそうと――」


 顎に手を当て、千極は真剣な顔で訊いてきた。




「さっきはスルーしたけど、樫木さんのことちゃっかり名前呼びなのな」




「そこはそのままスルーしといてくれっ!」


 恥ずかしかったので、朝生は抵抗を続けた。

 明日から再開する、樫木七優の『暗殺計画』を思い描きながら――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る