Interlude

 クリスマスイブの前日。

 実は、志河沙は朝生から相談を受けていた。


「志河沙!プレゼントって何あげたらいいと思う?」

「はぁ!?」


 驚き半分、嫌悪半分の声が、密談しているカフェに響く。


「声でかいって。もっと慎みを持て」

「あんたに言われたくないんだけど」


 志河沙が気だるげに頬杖をつく。


(もしかしてとは思ってたけど、朝生ってまさか――)


 不快だ。


(私には全然振り向かなかったくせに、バカ朝生)


 胃に水銀でも溜まっているかのような居心地の悪さ。

 志河沙は手元のコーヒーにドボドボと角砂糖を投入していく。


「お前さぁ」

「何よ」

「砂糖入れすぎ」

「いいじゃない?私の勝手でしょ?」

「や、そうだけど純粋に疑問なんだ。そんなに入れるならコーヒー頼まなくてよくないか?」

「砂糖がいっぱい入ったコーヒーがいいの。あんたにはわからないでしょうけど」

「一生わからなくていい。コーヒーはブラックに限る」


 ご高説垂れた朝生は音を立てずにコーヒーを啜る。


「んで?プレゼントは何を――」

「がっつくなコミュ障」

「この腕力ゴリラさんめ」

「え?」

「……なんでもありません」

「いやいや怒らないからさ。もういっぺん言ってみ?」

「志河沙からものすごい殺気を感じるんだコワイネ」

「恐怖という感情すら感じられない体にしてあげるね♡」

「さすが拷問マスターは言うことが違うね」

「それはあんたや千極がごうも……尋問が下手くそだから私がやる羽目になってんでしょうが!」


 コツンっとテーブルの下で朝生のすねを蹴る志河沙。

 ふぅと一息吐き、志河沙が話を進める。


「それで、えっとプレゼントだっけ?一応聞くけど誰に?」

「樫木に」


 口をもにゅもにゅさせながら朝生は言う。


(キモっ)


「なんでプレゼントしたいの?」

「は?そんなこと訊く必要ある?」

「質問に質問で返さないで」

「……感謝」

「はい?」

「日頃の感謝の印として……って恥ずかしいからあんま言いたくなかったんだけど」

「キモっ」

「うるせえ」


(感謝とか言ってるけど絶対違うでしょ。顔見ればわかる)


 これでも志河沙と朝生の付き合いは長い。

 それに十数年もの間、ずっと恋愛対象として見てきたのだ。

 伊達に片想いをやっていない。


 きっと朝生なら。


 多分、自分が七優に恋していることに気が付いていない。

 他の異性と同じようにコミュ障を発揮しているだけ、と考えているはずだ。


 特別な感情からではなく。

 ただ、日頃の感謝としてプレゼントを贈りたいと。

 そうやって口実を作るしかできないんだ。朝生は。


 そして志河沙は嫌だった。朝生が腑抜けてしまうのが。


 どんな難しい任務でもケロッとしながら必ず帰ってくる、その強さ。なのに一切驕らず謙虚。

 何度も朝生に助けてもらった。庇ってもらった。


 馬鹿言い合ったり、罵り合ったり。

 褒め合ったり、慰め合ったり。

 何をするにも隣にいてくれる朝生が好き。


 たくさん暗殺するくせにそれ以上に人助けをする誠実さ。ほんと馬鹿。


 それらは全て、”強い”朝生がいてこそ成り立っている。


 なのに今は。


 樫木七優という女の子によって脅かされている。


 守らなきゃ。


 最高の『暗殺者』としての朝生を私が守らなきゃ。


 志河沙は重々しく口を開いた。


「ちなみに朝生は何かあげたいものとか、これいいんじゃないかっていう候補みたいなものはないの?」

「うーん。一応ある」

「何なの?」

「消えもの……とか?」

「具体的には?」

「……」

「思いついてないのね」

「や、まあそれほど親しい間柄じゃないならアクセサリーとかは引かれるって、その……本で読んだ!」

「必死か」

「……まあな。できれば喜んでもらいたい」


 朝生の表情を見て、志河沙の瞳が煙る。


(私は悪女だ……)


 悪いから朝生に振り向いてもらえないのかな。


(今から私、最低なことを言おうとしてる)


 気づいても止められなかった。口をついて言葉が出てきた。


「でも、アクセサリーも悪くないと思うなー」

「は?」

「は、って何よ。何か文句でも?」

「あ、いや別に。悪いな、遮って。続けてくれ」


 朝生が申し訳なさそうな顔をする。

 それを見て、志河沙は罪悪感に駆られる。だが、続けた。


「ネックレスとかさ。七優喜ぶんじゃない?」

「本当か!?ドン引かれたりしないか!?」

「しないって。何の本を読んだか知らないけど気にしすぎ」

「マジかー!ま、そうだよな。女子ならキラキラしたものを嫌うはずないもんな」

「ちょっと適当感否めないけど。ま、そーいうこと」

「了解。じゃあ志河沙。重ねて悪いんだけどさ――」

「いいよ」

「俺まだ何も言ってないんだが」

「ネックレス一緒に選んでくれとでも言いたいんでしょ?」

「おっしゃるとおりで」

「じゃ、時間もないし、さっさと行くわよ」


 志河沙は砂糖たっぷりのコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がった。

 コーヒーはすでにぬるくなっていた。


 アクセサリーも悪くない?


 ことをよく言えたものだ。


 七優と朝生が出会って、まだ全然時間が経っていない。

 それなのにいきなり男からネックレスなんて貰ったら、まず怖い。

 何か悪だくみしてるんじゃないかと疑わざるを得ない。


 しかもクリスマスイブに呼び出して、わざわざとか。


 引くに決まってる。


 じゃあなんで朝生を騙したのか。


 それは。




 ――させるため。




 恋が実らないようにするには、失恋させるのが手っ取り早い。


 朝生が七優に嫌われちゃえばいいんだ。

 クリスマスツリーの前で。狙いすぎのシチュエーションでネックレス渡して。

 それでドン引かれちゃえばいいんだ。


 気持ち悪い、とか言われてしまえばいいんだ。

 七優みたいな子に言われたら、さすがの朝生も諦めがつくはず。


 そうすればまた今までの朝生が――『暗殺者』の【ヌル】が戻ってくる。

 七優の『暗殺』に集中できるんだ。

 そのはず。


 そのはずだったのに……。


 どうして……。




 ――――なあ、志河沙。ネックレスあげたら、七優がめちゃくちゃ喜んでくれたぞ。サンキューな!




 イリュージョン部の部室。

 千極と七優がいないときに、朝生はそう言った。


「へーよかったじゃん」

「なんだよ。つれねえ返事だな」

「そう?」


 それしか言えなかった。

 そのままでいると、乾いた笑いを起こしそうになったから、黙って朝生に背を向ける。


 ――――なんで?


 ――――なんであんたが七優に喜ばれてんのよ。


 少し考えたら、答えが出た。


 ――――そっか。そういうことなんだね……。




 ――――だって私も朝生からネックレスもらったら喜ぶんだもの。


 深く。


 深く志河沙は息を吐く。


 今日も七優のネックレスは羨ましいぐらいにキラリと光っているだろう。

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