第15話 クリスマスデート?5

 ナイフ男を制圧したあと。

 誰にも、監視カメラにも観測されずに朝生は眠っている本物の刑事の元へ戻り、変装を解いた。

 そして何食わぬ顔で樫木と合流。


 樫木は複数の警官といた。

 安全に確保しておいてくれたようだ。


 朝生と樫木。

 特に樫木は人質にされていたから、長いこと事情聴取をされていた。

 被害者への配慮。夜も遅いとのことで、詳しい事情は後日、署で聞かれることになった。


 朝生が驚いたのはナイフ男が何者かに殺害されていたこと。

 警官から聞いたときは耳を疑った。

 朝生があの場を後にして、警官が駆けつけるまでの短い間。


 やはり朝生が感じた気配の仕業なのだろう。


 状況証拠だけで判断するなら、おそらく『暗殺者』。

 殺気や敵意を完全に抹消する能力。

 自分以外にもそれを可能にする『暗殺者』がいたとはと感嘆する朝生。


 なにはともあれ。


 朝生たちが解放されたのは夜の八時。

 本当は樫木にがあった。

 だが色々あって疲れただろう。


 そう朝生は思慮し、樫木と一緒に帰路に就くことにした。


 その途中。


 駅のターミナルで目立っている大きなクリスマスツリーに樫木は目を奪われた。


「少し寄りませんか?」


 ニコリと微笑し、朝生を見た。

 朝生にとって、その提案は僥倖ぎょうこうであったため、首を縦に振る。


 ちょうどベンチに座っていたカップルが席を外したので、朝生たちはありがたくそこに腰を下ろした。


 周りはクリスマス一色。

 人も建物も寒空さえも。


 それらを彩るイルミネーションは、クラッとするほど幻想的だ。

 普段は駅前にあるはずのないクリスマスツリーも、煌めきを纏うことで異物感を払しょくしている。


 今日、そして明日までに幾人がツリーの頂点の星を見上げるのだろうか。そしてそのうちの一人に自分が加わることが不思議で仕方がない朝生。


 意味もなく息を吐く。

 樫木と同じ白い息が浮かんで、消えた。


「今日は大変だったな」

「そうですね」

「……」

「……」


 わかりきった感想は、沈黙を作るだけだった。


(何かないかー?えーっと話題。話題が行方不明なんですけど!?)


 不自然でもいい。

 きょろきょろと首を動かす。

 思ったことを言ってみた。


「……綺麗だな」

「そうですね」

「……」

「……」


(童貞の俺には高難度のミッションすぎる)


 樫木が寒そうに指先に息を吐きかけている。


(寒そう。俺が恋人だったら手を握って温めてあげられるのにな。いや、その発想は童貞クサいって志河沙に罵倒されそうだな)


「あー。私。冷え性なんですよ。だから結構手とか冷たいんです」


 樫木が唐突に言った。


「そうか。大変だな」

「……指先が冷えますね」

「手袋とかあれば良かったな」

「…………そうですね」

「何?今の間?」

「いいえ。何でもありませんよ」


(何かありそうな顔してない?)


 樫木の頬がほんのわずかだけプクッと膨らんでいる。拗ねてるみたいに唇がちょこっと尖がっているようにも見える。


(わからん。いや、俺の考えすぎか)


 朝生は考えるのを止め、再び話題探しを始める。


 あれでもないこれでもない、と脳内を空き巣のように引っ掻き回して、見つかったのは臓器売買の話。


(だから臓器売買はダメだって!)


 自分のコミュ力のなさをこれ以上ないくらい呪う。


(待てよ)


 原点回帰だ。

 今日、樫木をショッピングモールに誘った目的は?

 何がしたい?何が言いたい?

 今日、この日が来るまで何を考えていた?


 食器を買いに行く――というのは一つの口実だ。

 むしろ朝生は買う――ではなく贈る――のが目的である。


(難しく考えすぎるな。落ち着け)


 クリスマスムードに当てられ、冷静さを欠いていたと朝生は結論付けた。

 ほぼ同時。

 樫木が訊いてきた。


「朝生くん」

「うん?」

「何か渡したいものでもあるんですか?」

「察しが良いな」

「だって鞄をチラチラ見たり触ったりしてるじゃないですか。状況考えれば、その、もしかしてそうなのでしょうか、と勘繰らざるを得ないでしょう?」

「良い観察眼だ」

「なんで朝生くん、ちょっと得意げなんですか」

「え?あ、つい……」

「……変ですね」

「変って……」


 クスクスと笑う樫木。

 笑ってくれたならいいか、と気を取り直す朝生。


「そ、それじゃあ……ま。さっそく……」


 朝生はガサゴソと鞄に手を突っ込み、”それ”を取り出す。


「こ、これ……日頃の感謝の印ってことで」

「これは?」

「ネ、ネックレス」

「へ?」

「樫木に似合うかと思って」

「……」

「樫木?」

「……ふふっ」

「樫木!?」

「あ、いや、だから朝生くん慌てすぎなんですって。顔、怖いですよ?」

「すまん」


 このときの朝生の脳内はこうなっていた――




(なぁぁぁぁぁあぁあぁぁ!?やってしまったあぁぁぁぁぁぁあぁ!俺キモい俺キモい!やっぱそうだよな。ネックレスはおかしいよな?大して親しい仲でもないのにネックレスって!地雷を埋めずにぶん投げてるみたいなもんじゃろ?じゃろって……)


 リトル朝生陽太が頭の中で暴れている。


(普段ご飯作ってくれたりとかの感謝の印だろが。どう考えてもネックレスは重すぎじゃねえか!なんであげるまで気づかねえかなぁ俺。あとネックレスあげろって言った志河沙も同罪だこんにゃろ!)


 みっともないので表には動揺を出さない。

 しかし朝生は恥ずかしさで狂ってしまいそうだった。


 早く帰って寝よう、忘れてしまおう、と決め込んだ朝生に樫木は言った。




「嬉しいです」




「んへ?」


 変な声が出た。


「つけてくれませんか?」

「ここで?」

「ええ。今、ここで」


 上目遣いで頼んできた。

 可愛すぎて、朝生は断れなかった。

 大人しく樫木の首につける。


 主張の薄いそのネックレスがキラリと光る。

 儚げな樫木に、確かに似合っていた。


「ありがとうございます。大事に使いますね」

「あげた本人が言うのもあれだが、ほ、本当に気に入ってくれたのか?」

「朝生くんがまたおかしなこと言ってます」

「や、俺心配で」

「心配しなくても本心です。すごく可愛いと思ってますよ」

「ネックレスが?」

「ネックレス――です」

「からかうなよ」

「ごめんなさい。でもそれくらい気持ちが舞い上がってしまいまして。不快に思ったのでしたら謝罪します」

「あ、いや不快になんて少しも思ってねえよ」


 朝生はポリポリと頬を指で掻く。

 樫木は天使のように微笑んだ。


「もう、明日地球が滅亡しても悔いは残らないほどです」

「不快に思ってないとは言ったけど、からかってもいいとは言ってないぞ」

「言葉って難しいですね」

「誤魔化すな。俺だって恥ずかしいんだ。さあっ!もうこの話はおしまい!帰るぞ」

「あ。ちょっと待ってください!」


 そう樫木が止めた。


「私からも……その、プレゼントがありまして」

「ええ!?樫木から!?俺、何か樫木に感謝されるようなことをした覚えがないんだが」

「そんなことないです。私はいつも朝生くんに感謝しています。それに――」


 樫木は冷たい空気を吸った。


「感謝がどうとか関係ないです。今日はクリスマスイブ……なんですから」

「ッッッ!?!?!!」


 ふいに朝生は手で口を覆う。

 可愛さゆえ。照れくささゆえ。天使すぎるゆえだ。


 樫木が遠慮がちに”それ”を渡してきた。

 紺色の箱だった。


「あ。マフラーだな」

「正解です。ネックレスに比べれば安物かもしれませんが」

「ネックレスは俺がアホだっただけだから……その……ありがとう」


 嬉しくて「ありがとう」が少し震えた。

 樫木にあげた感謝の気持ちが、思いやりになって返ってきた。


(どんだけ優しい子なんだ、樫木は)


 朝生はもらったマフラーを首に巻く。


「すげえ暖かい」

「マフラーですからね」


 気温の話だけではないことに朝生は感じた。

 少なくとも今までは。

 触れたことのない温もり。

 体温が上がる。


 朝生は人に何かを与える充足感も。人からもらう喜びも。

 今日の樫木から教わった。


 加えて、自分や樫木の経験を共有したいとさえ思った。


 洋食屋で食べたパスタの味。あるいは樫木も味わってくれたハンバーグの味。

 樫木がナイフ男に人質にされたときも、朝生は樫木の人生の中に没入していた。

 見捨てるなんて選択肢はそもそもなかった。


 幸福も苦難も知っていたい。


 分け合って支え合って助け合って。


 それに、朝生は一瞬だが考えてしまったのだ。




 ――樫木が俺のことを好きだったらいいな――と。




 よくないことなのはわかっている。


 朝生は『暗殺者』であり、樫木は『暗殺対象』。


 叶うはずのない、というか叶ってはいけない恋愛にしかならない。


 朝生の根底には常に『暗殺』がこびりついている。


 ゆえに朝生は自分がすでに樫木にをしていると気づいていない。気づかないように『暗殺』という彼の歴史が気持ちに蓋をしている。


 だから朝生は今――




 ――樫木を好きになってだ――




 と、危惧しているのである。


『暗殺者』としてのプライドゆえの鈍感さ。


 彼は無意識に恋心を『暗殺』していた。


 二人の間に会話はない。たまに肩が触れ合うのみ。

 沈黙を肯定したいのか、二人がただただクリスマスツリーを見上げていると。


 雪が降った。


「雪だな」

「雪ですね」


 ゆっくり。ゆっくりと雪は落ちていく。


 朝生がその様子を目で追っていると、突然袖口を引かれた感覚を覚えた。


「樫木?」


「……」


 目は合わせてくれない。

 彼女は手を元に戻した。


「怖かっただけ」

「え?」

「今日の……また怖い目に遭いたくないと思ったから……引いてみただけ、です」


(そりゃあ人質にされるなんて怖かったよな。まだそれほど時間が経ってるわけでもないし平常心なわけがない)


 そう思案し、実行するまでは早かった。


「ふえっ!?」

「俺じゃあ心許こころもとないだろうが、少しは安心できるか?」

「……っ!」


 握った手はそのままに、樫木はコクコクと頷いた。


(やっぱ可愛すぎる)


 緩みそうになった口角を死ぬ気で耐え忍んで、朝生は訊ねた。


「そろそろ行くか」

「そうですね」


 朝生が先に立ち上がってから、樫木の手をそっと引いた。

 樫木はやおら腰を上げる。


 樫木の手はひんやりしていた。そして細い。

 握る力に極めて気を付ける。


 歩き出して、さっそく朝生は会話を必死に探し、紡いだ。


「樫木ってさ――」

「七優」

「え?」


 不意を突かれた朝生は隣の樫木を見た。

 横顔もとても綺麗だった。




「七優でいいですよ」




「え、あ、え……え?」


 口をパクパクさせて慌てる朝生。


「私がどうしたんですか?」

「あ、あの……かし――」

「七優」

「な、七優……」

「はい。何でしょうか?」

「ちょ、ちょっと待って!今猛烈にこ、呼吸がしたくなったから!い、一旦深呼吸」

「ふふっ。待ちますよ。いくらでも」


 それから朝生はなんとか会話を再開することに成功。


 二人が繋いでいる手に雪が降り落ちた。それはすぐに溶けた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【一章完結】


次話で幕間を挟んで、二章開始です。

三日後に投稿させていただきます。

皆様、ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。まだまだ頑張ります!

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