第13話 クリスマスデート?4

 ショッピングモール。地下駐車場。

 冬の寒さのせいもあって、居心地が悪い。

 不気味だ。


 コツンコツンッと足音が二人分。

 ナイフ男と樫木だ。


 朝生は刑事に変装して、車の陰に身を潜めている。

 朝生がいる場所とは若干違う方向にナイフ男は歩いている。


(もう少し近づくか)


 朝生は気配を消しながら、ナイフ男に接近する。

 約五メートル。


 立膝をついて、車の陰から機を窺う。


 すると、突然ナイフ男と樫木が話し出した。


「悪者さん。本気で逃げようとお思いなんですか?」

「あっ?何か文句あんのか?」

「このご時世、悪さをするとすぐに捕まってしまいませんか?」

「っるせえ!お前に関係ねえだろ!」

「ご、ごめんなさぃ。私、悪者さんの身を案じただけで……」

「なんで人質のお前に心配されなきゃいけねえんだ!殺すぞ!!」


(やばいやばい。樫木がナイフ男の感情を逆撫でするようなこと言ってやがる。本人は純粋に心配してるだけなんだろうが)


 朝生が出撃準備をしていると、樫木がこう言った。


「あの……私には助けてくれる人がいますから……」

「は?」

「どんな悪者さんが相手でも。きっと私を救ってくださる方がいるんです」

「はんっ。いたらいいな。そんなクソ野郎が」

「います!彼を馬鹿にしないでください!」

「ちょっと黙ろうか。痛い目みたくないならね」


 ナイフ男はそう言って、ナイフを樫木の首元に押し当てようとする。




 ――――樫木を傷つけない。




 地を蹴った。もちろん無音で。


 朝生は夜風のように忍び寄った。


 背後。ゼロ距離。


 なのに、ナイフ男や樫木は一切気づかない。

 まるでそこには何もかのように。


 息を吸って吐く間に、ナイフ男が投げ飛ばされた。

 樫木は無事だ。


 ナイフ男は「何が起こった」と言いながら、腰を上げる。


 朝生は樫木を見て、指示を出す。


「き、き、君!向こうの出口まで走って逃げなさい」


 樫木は戸惑いながらも、首肯した。


(ったく。スリから財布を取り返したり階段から助けたりしただけでさ。どんだけ期待乗せてくれちゃってるんだよ)


 朝生はため息を吐く。

 樫木が背を向けて逃げ出すのを見て、ナイフ男が激昂した。


「このまま逃がすと思うなよ!」

「おっと。彼女の元へは行かせませんよ」

「ちっ!サツかよ。一人か?」

「犯罪者に告げる言葉などない」

「調子乗んな。逃がすのは惜しいが、人質が女から男に変わるだけでなんら問題はねえ」


 道を阻んだ朝生に対し、ナイフ男は身構えた。


(素人の構えではないな。こいつ、ナイフを扱い慣れている)


 朝生も素手で戦闘態勢に入る。拳銃を使わないのは、持ち主への配慮。

 迂闊に発砲してしまえば、朝生が変装している本物の刑事の処遇が危ぶまれると思ったからだ。


 それに、素手でも負けないと経験則が教えてくれている。


 ナイフ男に仲間がいないことは確認済みだ。

 朝生が樫木の危機を発見してから今まで、ナイフ男が電話で連絡を取る等の素振りを見せていない。

 また、ナイフ男から仲間への目配せもなかったし。

 逆に、ナイフ男への怪しい視線も感じなかった。


 ただ、一つ。


 気になる気配がこの駐車場にあるが、殺気や敵意を感じないので問題にはしていない。


 優先すべきは樫木の安全とナイフ男の拘束。

 前者は達成済みだから。

 朝生が何よりも集中すべきは後者のみ。


 朝生は重く息を吐いた。


「よし。来い!」

「舐めんな!!」


 ナイフ男が素人離れしたスピードで刃物を突いてくる。

 朝生は何度か様子見で、避けた。


 ある程度パターンを読み切った朝生は、風に揺れる旗のように構える。


「あ、なんだその構えは?ふざけてると……死ぬぞ?」


 ナイフ男はさらにスピードを上げて、突く。


 朝生は半身をとって、ギリギリでナイフの射線から外れた。服に少し刃が擦れたくらい。

 朝生は左肘でナイフを持つ右手を打ち、すかさず左手で相手の右腕を外側に捻る。


 関節が曲がり切らず、相手の手からナイフが離れた。

 朝生は掌底でナイフ男の顎を狙う。

 だが、ナイフ男も手練れであった。

 直前で少し身を引き、ダメージを軽減。

 まともに食らえば、即気絶だったが、それを逃れた形となった。


 朝生が半身を取って、ナイフ男がダメージを被るまでの時間。

 わずか一秒。


 互いに一時、距離を取る。


「お前、もしやの人間か?」

「こっち?何の話だ?」

「ま。こっち側の人間なら素性をとぼけるのは当然か」


 不敵に笑むナイフ男。余裕そうに腕を頭の後ろに組む。

 改めて、気を引き締める朝生。


(ただ者じゃないな)


「さ。よ。楽しいのはこっからだぜ!」

「…………ッッッ!?」


 ナイフ男は予備動作なしで頭の後ろから拳銃を披露した。

 銃口を向けてから発砲までゼロ・コンマ何秒の世界。


 並みの『暗殺者』であれば、不可避の早業。

 間違いなく、ナイフ男は実力者だった。




 ただ、それは”並み”であれば――の話。




 無慈悲な銃弾は朝生の脳天を――貫かなかった。


 避けたのだ。


「はぁ!?ば、馬鹿な!?!?」


 追加でもう三発の発砲。


 最小限の動作で、それらの全てを躱していく朝生。


「拳銃程度なら、距離があれば躱せるが」

「バ、バケモノ…………」


 ナイフ男は腰が引けていた。

 すでに戦意を喪失している。


 朝生は悠々と近づいた。


「ク、クルナァ!!」


 やけくそに投擲してきた拳銃を、朝生は何でもないように弾いた。


「ヤ、ヤメロヨ。ヤダ。オレはまだ死にたくないんだ」

「何か勘違いをしているな」

「勘違い?」

「ああ。俺はお前を殺しはしない」

「嘘つくな!」

「嘘じゃない」


 朝生は無感情に言った。


「俺は刑事だ。だから殺しはしない。逮捕だ」


 ナイフ男の顎に蹴りを入れた。

 脳が揺れ、気を失った。


 朝生はナイフ男を地下駐車場の端に引きずり、柵と男の手首を手錠で繋いだ。


「よし。じゃあ早く戻って本物の刑事さんに服返さなきゃな」


 ここに来た時と同じように、朝生は気配を消した。

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