第12話 クリスマスデート?3

(何が!?俺が樫木から離れている間に一体何があったんだ!?)


 朝生は冷静に柱の陰に隠れる。

 刃物を持つ男との距離は約十メートル。

 樫木は男に拘束され、身動きが取れない状態だ。


「近づくなっつってんだろ!!」


 男はナイフで誰かを牽制けんせいする。

 じりじりと男は後ずさっていく。


 男の視線の先を追うと、スーツ姿の男が二人いた。


(あれは……警官か?)


 よく見渡せば、他にも複数の警官がショッピングモール中に散らばっていた。彼らは全員ナイフ男の様子を窺っている。


(これほどの注目……まさか)


 再びナイフ男の顔を確認する。


(あいつ、指名手配犯か)


 以前、ポスターで見た人相に一致した。

 ナイフ男は五人殺したと言われている指名手配犯だ。

 危険度が高いため、これほど多くの警官が出動したのだろう。


「オレから離れろ!!」

「わかりましたから。ナイフを下ろして」


 警官はナイフ男を刺激しないよう、要求通り離れる。

 ナイフ男はそのままエスカレーターで階下へ移動する。

 朝生も階段を降りる。


(偶然近くにいた樫木を人質にとって、逃げるつもりか)


 樫木は苦しそうに、そして恐怖がにじんだ表情を浮かべる。


(樫木、助けてやるからな)


 ふと疑念がよぎる。


(俺は、どういう理由で樫木を助けたいと――)


 驚愕に震えた。

 朝生は『暗殺対象』だから助けたいと思った――わけではなかったのだ。




 ――樫木の笑顔が浮かんだ。




(ダメだ。今はそのことについて考えるのは止めよう)


 ふうと短く息を吐く。


「相手が悪かったな、ナイフ男」


 朝生はそう呟く。誰にも聞こえない。


 樫木を助ける上で、順守すべき条件を整理する。




 ――――樫木を傷つけない。


 ――――樫木や警官たちに朝生の存在がバレてはいけない。


 ――――樫木をナイフ男から逃がす。




(上等だ。樫木を暗殺するより百倍イージーな任務じゃないか)


 朝生はトイレ近くで張っている刑事に”狙い”をつけた。

 完全に気配を消し、すぐ背後まで忍び寄る。


 そして朝生はスマホを操作して、を起爆させる。




 ――ポンッ!




 気の抜けた爆発音が階上から鳴り響く。




 ――”千極印のミニミニ爆弾”。


 周りに被害は出さない、超小型の爆弾。

 音で注意を引くために重宝される。

 超小型ゆえ、爆発後、残骸は残らず証拠隠滅の必要もない。


 さっき朝生は樫木の状況を見て事前に仕掛けておいたのだ。




 音に反応して、ショッピングモール中の人は全員意識を持って行かれる。

 当然、目の前の刑事も上を向いた。


 その瞬間。


 朝生は後ろから刑事の口元を睡眠薬を滲ませたハンカチで覆う。

 一瞬で眠った刑事を即座にトイレに引きずり込む。


(終わったらすぐにお返ししますから)


 心の中で朝生は断りを入れ、刑事の服を拝借した。手袋をしているから指紋は残らない。

 加えて、朝生は変装用のマスクで顔を変えた。


(さすがに用意していたマスクは刑事の顔と一致しないが、俺の正体がバレなけりゃ問題ない。他の警官に見られないよう隠密するしな)


 襟を正して、朝生はトイレを出た。


(ナイフ男は階下に降りている。十中八九、地下駐車場に逃げ込むつもりだ)


 深呼吸をする。


(雑念は消し、意識と存在を地中に潜り込ませろ)


 朝生が『暗殺稼業』で培ったテクニックで、完璧に気配を消した。


 ナイフ男が向かう、地下駐車場への先回りに成功した。

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