第10話 クリスマスデート?

 約束の日曜日。

 十一時ちょうどに朝生は到着する。


 ショッピングモールの外でも人が多いのがわかる。

 特にカップルが多いように見える。


(いや、これは気のせいだ。変に意識しすぎるな、やらかすぞ)


 昨日は緊張で眠れなかった。

 着ていく服にも悩んだ。


 頭を振ってから、人込みの中から樫木を探し、見つける。

 淡い色のコートを着た彼女は、寒そうに息で指先を暖めていた。


「あ、朝生くん。こっちです」

「悪いな。時間ちょうどに来たつもりだったんだが」


 朝生は袖を捲って、腕時計で時間を確認する。


「いえ、先ほど到着したばかりですので」


(なんか嘘ついてそうだな)


 優しい樫木のことだ。

 きっともう少し前に着いていたのだろう。


 ちなみに、朝生は『仕事柄』、時間ぴったしを守る癖がつい出てしまっただけだ。


(もしかして樫木も楽しみにしてくれていたのか)


 胸の内が嬉しさに溢れる。

 樫木はそわそわしながら髪の毛をクルクルと弄っている。


「ん?どうした?」

「い、いえ、何でもありませんよ」

「そうか」

「そうですよ。さ、中に入りましょう」


 樫木がくるりと身を翻した。

 彼女の艶やかな黒髪がなびく。


 その瞬間、朝生は気づいた。


「髪……」

「え?」

「いや、勘違いだったら聞き流してくれていいんだけどさ」

「…………」

「何かいつもより綺麗じゃないか?」

「……っ!」

「あっ、あの、いつも綺麗だなとは思ってるんだけどさ。その、それ以上に今日は綺麗すぎるというか何と言うか……か、癇に障ったならすまん!謝る!」

「……ふふっ」

「うん?樫木?」

「や、慌ててる様子が可笑しくて。すみません」


 手を口元に当てて目を細める樫木。

 ツンッと人差し指で朝生の二の腕辺りをつついて、続けた。


「そうです。昨日美容院行ってきたばかりなんです。――今日のために」

「樫木……」

「も、もういいですよね。い、行きませんか?」

「ああ。あ、まだ言いたいことがあるんだ」


 立ち止まる樫木。

 自信満々の朝生。


(どうやら見た目を褒めるのは有効らしい。それがわかれば俺のターンだ!)


 朝生は『暗殺者』の中でも観察眼には優れている方だ。

 それゆえ、些細な見た目の変化にも対応できる。


 今こそその力を発揮しまくりと言わんばかりに、猛攻をする。


「服もすごく可愛い。優しい樫木に似合ってるよ。あ、それに靴。新品だよな?これも昨日買ったのか?やっぱ似合って――」

「…………ッッッ!?!!?!」

「ど、どうした、樫木」

「し」

「し?」

「心臓が……は、張り裂けそう……」

「お、おい大丈夫かよ!持病か?持病もちだったのか!?」

「や、違くて――」

「こうしちゃいられない。救急車だな、救急車呼ぶぞ」

「ま、待って――」


 ガシッと樫木が朝生の腕を掴む。

 救急車への電話を何とか阻止した。


 樫木の小さい口から白い息が漏れる。




「朝生くんが――褒めてくれたから……ですよ?」




「はぇ?」

「ほら。私の頬赤いでしょう?嬉しかっただけ――ですから」

「…………っ!?」

「持病とかありませんし、落ち着いてください」

「わ、悪い」


 朝生は口を手で隠し、目を逸らした。

 そして、心の中の動揺を悟られる前に、言った。


「じゃあ行くか」


 朝生が先導するように歩を進める。樫木はやや後ろからついていく。


(可愛すぎんだろ)


 未だ心臓は高鳴っている。


 この緊張も、吐く息と共に薄れてくれないかと切実に願う朝生であった。

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