第9話 お誘い
「鯖の味噌煮、すげえ美味い。さすが樫木だな」
「恐縮です」
朝生家のダイニング。
テーブルには数々の和食が並んでいた。
スリの一件以来、樫木は学校のある日は毎日夕食を作りに来てくれている。
一人で食べるより誰かと一緒に食べたいから、だそうだ。
今晩も例に漏れず豪勢だ。
樫木は咀嚼し終えてから、話す。
「朝生くんってイリュージョン部の方たちと仲良さそうですよね」
「あいつら?んーまあ仲良いと言えば良いな」
朝生は志河沙や千極のことは”友人”ではなく、あくまで”仕事仲間”と認識している。
だが、それを樫木に言うと話がややこしくなるので、朝生は表現を微妙にぼかしたのだ。
「特に……京さんと」
「え?志河沙?」
「はい」
「なんでそう思った?」
「会話に遠慮がない感じが、です」
「遠慮がない……否定はできないな」
「朝生くんと京さんってどういったご関係なんですか?」
「関係?」
樫木は慌てて両手を左右に振る。
「や、差し支えなければでいいですよ?」
「別に訊かれて困るもんじゃねえよ」
朝生は短く息を吐く。
「あいつとは昔からよく一緒にいることが多かったからな」
「幼馴染ってことですか?」
「幼馴染……ま、そんな感じか」
実際は、幼馴染というほど親しいつもりはなかった。
というか志河沙との関係を親しいと言ってしまっていいのか、朝生が決めかねていた。
志河沙も朝生と同じ孤児だった。拾われたのだ。
一緒に遊んだ記憶は――ない。
『暗殺者』としての訓練に明け暮れて。
志河沙とはいつも競い合っていた。
彼女と交わす言葉は『暗殺』のことばかり。
普通の子どもが普通に仲良くなる普通の過程を朝生と志河沙は辿らなかったのだ。
だからこその距離感。
少なくとも朝生に不満はない。
変に凝り固まらずに接することができるのは、常に対立してきたからなのかもしれない。
あいつに理解されなくてもいい。むしろ違う方法で勝ちたい。
そのライバル心が気の置けない関係を築き上げたのだと、朝生は推測する。
「そうですか」と樫木が言ってから、朝生はみそ汁を
甘めの味付けで朝生好みだった。
(俺の家って食器が少ないな)
前にご馳走してもらったときも同じ皿を使っていた。
朝生は食器にこだわりがなかった。
だが、樫木の贅沢な料理に朝生家の食器は似つかわしくないと毎回思う。種類も豊富ではない。
(これを口実にするか)
朝生はあることを企んでいた。
言い出すのに緊張を要している。
「なあ樫木」
「どうしました、朝生くん?」
朝生はカタンッと箸を置く。
「今度の日曜、一緒に食器を買いに行かないか?」
「食器ですか?」
「あ、え、えと……だってほら!俺の家、食器少ないだろ?樫木って盛り付けが丁寧だし、色々な食器があった方がいいかな……と」
「私はありがたいのですけど、その、今度の日曜って……クリスマスイブ、ですよね?」
「お、おう」
静寂が走る。
朝生の緊張の要因であり、目的でもある。
食器を買うのはただの口実。
本当は樫木とショッピングモールで過ごす時間を確保したかったのだ。
食器を買いに行くという口実が適切なのかどうかは置いておく。
「樫木は……そういうの、気にするのか?」
「……人並みには」
樫木は目を逸らし、もじもじする。
(ここが正念場だ、朝生陽太童貞十七歳。押せ。ビビるな!)
「あ、いや、あの、えと、い、い、嫌だよな、俺なんかじゃ――」
「嫌じゃないです!」
「え?」
「あ、ごめんなさい、急に声を張り上げてしまって」
張り上げる、というほど大きくはなかったが。
確かな意志がそこには込められていた。
ゆっくりと樫木は言葉を紡ぐ。
「私、朝生くんと、二人で……その、お出かけしたいです……」
「い、い、いいのか……俺で」
「いいんです!あんまりこういうこと、女の子に言わせないでくださると助かります……」
「あ、す、すまん」
(やっぱこういう気持ちを汲んであげられないのが童貞たる所以なんだろうな。クソッ!もっとシャキッとしろ、俺)
「じゃ、じゃあ今度の日曜日……十一時に現地集合で」
「わかりました。楽しみにしていますね」
樫木は優しくはにかんだ。
それだけでも朝生の心臓はドキリと跳ねる。
実は、今回の誘いで朝生は『暗殺』を企んでいるわけではなかった。
樫木へのただの猶予期間のつもりなのだ。
”最後の晩餐”のようなもの。
今の朝生はあくまでそう考えている。
――――樫木と”デート”がしたかったという本音に朝生はまだ気づいていない。
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