第8話 イリュージョン部2
「たくさんの剣に刺される?」
「殺害するわけじゃぁ~ないよ。イリュージョンの特集とかでよく見るあれだよ」
そう言って千極は人が入れるほどの大きい箱とたくさんの剣を持ってきた。
「あ。なるほど。このことですね」
樫木もセットを見ると、腑に落ちたようだ。
「私、やってみたいです」
微笑を浮かべながら樫木は言った。
「おいちょっと――」
待て――と言葉を紡ぐ直前に、背後から肩を叩かれる。
志河沙だ。
志河沙は無言で首を横に振る。
それ以上言うなと言外に伝えてきている。
朝生は諦めて、俯いた。
「お前もグルか」
「朝生には――【
「俺には樫木を
「あんた重度のコミュ障じゃん」
「や、そうだけど」
「七優を殺れなくて、おまけに変装中でも女性の前で取り乱すようになってしまいました、なんてことになったらシャレにならないのよ」
「千極にも言われたよ。お前ら俺に過保護すぎやしないか?」
「仕方ないでしょ?あんたは代表のお気に入りなんだから。何かあったら困るのはあんただけじゃないの」
「そうかよ」
「それに――」
志河沙は恥ずかしそうに目を泳がせた。蚊の鳴くような声で独り言ちた。
――――あんたの強くて優しいところが好きなんだから……。
「ん?何て?」
「……何もないわよ」
「あ、そう」
朝生は怪訝に思いながらも、追求しない。
したら、拳が飛んでくることを知っているからだ。
「朝生くん。見ててください!」
気が付くと、樫木はすでに箱の中に入っていた。
朝生に向かって手を小さく振っている。
(可愛い……でも)
朝生は複雑だった。もうすぐ『暗殺』されてしまうから。
千極も志河沙も優秀な『暗殺者』だ。
朝生のように躊躇する動機がなければ、必ず完遂するだろう。
――”刺殺”。
本来のイリュージョンなら剣は刺さらないような仕組みになっている。
だが、千極お手製のこのセットはそうはならない。
最初の数本は避ければ何とかなるが、あとは普通に刺さってしまう。
入ったが最後。逃げることは不可能。
まさに必殺技。
千極曰く、遺体はバラバラに切り刻むらしい。
それを三人で分けて持ち帰れば、遺体処理が楽になると。
人、一人となると大きいバッグなどが必要になり、目立ってしまうということだろう。
朝生自身の踏ん切りはつかずとも、千極たちの『暗殺計画』は着々と進んでいく。
千極はもう二本目を刺すところだった。
「樫木さん、大丈夫?」
「はい。すごく楽しいです」
「ならよかった。これからもっと面白くなるよぉ~」
ストンッと二本目を刺し終わる。
樫木はうずうずとした表情をしている。
首から下は箱で見えないが、顔だけは見えるタイプの箱なのだ。
名状しがたい何か、黒い
自分が樫木に対してどう思っているのか皆目見当がつかない状態だ。
しかし、これだけは言える。
――迷っていると。
同時に『暗殺者』としてけじめをつけるべきだと、拳を握って
剣が三本目に突入する。
「じゃあ、入れるよぉ~」
「はい……優しくお願いします」
そろりと慎重に剣を挿入していく。
朝生は固唾を呑む。
喉の渇きが嫌な感じだ。
部室が妙な静けさに包まれる。
(樫木……ッ)
朝生の緊張感が高まったそのとき――
――――んっ……。
どこからか艶めかしい声が聞こえてきた。
辺りを見回すと、鼻の下を伸ばす千極と、苦悶の表情を浮かべる樫木を視界に捉えた。
「どうした?樫木」
「い、いえ……何も……」
一見出血はなさそうだ。剣が刺さったのではないのだろう。
思わず朝生は心配する。
樫木は若干息を乱して、続けた。
「ただ、ちょっと擦れてしまったときに……変な感じがして……」
「擦れる?」
何が擦れたのかわからなくて悩む朝生。
一方、千極はもしや、と思案し、刺しかけていた剣を再び奥に刺し込む。
すると――
――――あっ……。
再度、妖艶な声音が部室に響く。
察した志河沙は赤くした顔を手で隠す。
千極は樫木の胸辺りに刺した剣を持ったまま固まっている。
朝生は気づいた。
箱の中であかんことになっていることに。
「じゃ、じゃあ続き、始めよっか」
変態みたいな言い方で次を促す千極。
四本目が樫木の下腹部あたりの箱の穴から刺し込まれる。
「……んんっ」
「ちょ、一旦中断だ千極」
「なんだよ朝生。今いいとこだから止めてくれるな」
「この変態さんめ!」
朝生は千極から剣を取り上げようとする。
それに千極は抵抗する。
その様子を見ていた樫木が申し訳なさそうに呟く。
「あの……少しくすぐったい……んっ……感じってだけですので、お気になさらず……」
朝生と千極は目を丸くして顔を見合わせる。
「「……じゃあ大丈夫か」」
「大丈夫なわけあるかあああぁぁぁぁ!!!」
「「ゴフッ!!」」
千極の身体が部室の壁際まで吹き飛んだ。
そして朝生の
「そ、想定外なんだ……ほんとに……ほんとにわざとじゃ――ガッ!?」
弁明する千極の喉元に志河沙のつま先が刺さる。
息絶え絶えに朝生は言葉を絞り出す。
「お前なあ、『武闘派』なんだからツッコミの強さに気をつけろとあれほど――」
「今の私悪くないから、絶対。ケダモノ童貞共」
「不名誉すぎる」
結局、男子高校生が思春期すぎたことで、『計画』は頓挫した。
ちょうどそのとき、気の抜けたようなチャイムが鳴った。
――――『暗殺失敗』
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