第5話 無自覚イケメン?

 朝生陽太はどちらかと言うと、いわゆる”イケメン”に分類される。


 多少、目つきが鋭く近寄りがたい雰囲気があるが、女子たちにすれば些末な特徴に過ぎない。


「カッコいいよねー」

「彼女いるのかなー」

「いるでしょーあの感じなら」

「女の子を一切寄せ付けないもんね」

「他校にいるんだよ、きっと」

「やっぱり休日は彼女さんとデートするんだろうね」

「その彼女さん、羨ましいねー」


 ――このように好評なのである。


 ちなみに朝生は女子たちのこういった会話を認識はしている。曲解はしているが――


 今日も今日とて朝生は悩む。

 休み時間。教室移動中。一見堂々と歩く朝生の頭の中はこんなだ――


(なんで誰も話しかけてこねえんだよぉーおかしくない?)


 しれっと血涙を流していた。


(まああれだな。みんなからかってるんだ。口ではカッコいいって言ってても、内心、ブサイクだと思ってるに違いない)


 手に抱えている生物の教科書を強く握りしめる。


 補足すると、朝生は女子たちが気を遣って話しかけてこないことに気づいていない。

 極度のコミュ障はそこまで心情理解が及ばないようだ。


 しばらく廊下を歩くと、大量のプリントを抱えた樫木を見つけた。

 どうやら授業前に誰かに頼まれたのだろう。


 樫木は階段を降りようとしていた。

 その階段の上から一段目――


 樫木が抱えているプリントの一枚がひらりと落ちていった。


 その瞬間、朝生は『暗殺プラン』を思いついた。




 ――”転落死”。


 プリントで足を滑らせて、階段から転落させる――という単純な手法。


 直接手を下すわけではない。

 だからこそ強力な『暗殺方法』でもある。

 朝生が関わったと、誰も証明できないからだ。


(悪いな)


 朝生は反省していた。

 樫木に夕食を作ってもらった日。

 自分の甘さが原因で『暗殺』を躊躇してしまったことに。


(今度こそ樫木を……)


 そう決意した刹那、階段の下から男子生徒が二名ほど昇ってきた。

 楽しそうに談笑し合っている。


 彼らは樫木の存在に気づいておらず、一段一段を悠々と踏みしめていく。

 前が見えないほど大量のプリントを抱えている樫木は、彼らの話し声を頼りに避けようとする。


 しかし、積まれたプリントがその反動で上から崩れ去ろうとしていた。そのせいでバランスを崩す樫木。


「あ、わり」


 男子生徒がそう言ったときにはもう遅かった。

 樫木は階段を踏み外し、正面から落下する――ところだった。




(何やってんだ、俺は)




 不覚にも朝生は樫木を抱き留めていた。ついでに空中を舞った全てのプリントも片手でキャッチした。

 助けなければ、と思考したわけではない。気が付いたら駆けだしていたのだ。

 脊髄反射というやつだ。


「ま、また助けられてしまいました……」


 樫木が真っ赤にした顔で言葉を零した。彼女の吐息が朝生の鼻先にかかるほど距離が近い。

 それに、朝生の左腕辺りに樫木の柔らかい胸が押し付けられている。


 そんな状況だから、朝生も取り乱した。せわしなく彼女と距離を取る。


「「か、かっけー」」


 男子生徒二人が恍惚とした表情で呟く。


「お前らもちゃんと前見て歩け」

「「わ、わかりました」」


 早足で彼らは立ち去った。


(やらかしたやらかしたぁぁぁぁぁ!絶対イキッてると思われたよぉ。自分でもカッコつけすぎたって自覚あるんで許してくださいぃぃぃ)


 朝生はコホンと咳払いをする。

 動揺を誤魔化したくて、樫木に向き直った。


「重い物を持つときは気をつけろよ。ていうかこんな大量のプリントを一人で運ぼうとするな」

「でも、実験室に運んでおいてって先生が……」

「それにしても友達と一緒に運ぶとかさ……そういう発想はないわけ?」

「……私、頼り方を知りませんので」

「頼り方って――」


 そんなもん普通にお願いしたら――と言いかけて、止めた。


(俺も私情で誰かを頼れた試しがねえ)


 意外と樫木がコミュ障だったことを知り、親近感が湧く朝生。

 まあ樫木の場合は喋るのが苦手というよりは、何でも自分で背負い込んでしまうのが原因だと思うが。


「じゃあ……ほら、行くぞ」


 朝生は地面に放りっぱなしになっていた生物の教科書を拾ってから、樫木に声を掛けた。


「え?」

「実験室に運ぶんだろ?」

「そうですが」

「俺も手伝うよ」

「や、そんな――」

「あー待て待て!」

「何ですか?」

「今、申し訳ないからいいですって言おうとしたろ?」

「は、はい」

「そういうのいいから。これは俺が好きでやってることだから、樫木が気に病む必要はない。それでいいな?」

「でも――」

「いいな?」

「わ、わかりました。ですが、プリントの半分は運ばせてください。頼まれたのは私ですし」

「んー。まあそれくらいならいいか」


 これ以上は引き下がらなさそうだったため、朝生はその条件を呑んだ。

 休み時間の終わりが近づいているためでもある。


 積まれたプリントを半分に分けた。

 歩幅を合わせて、朝生と樫木は実験室へ向かった。




 ――――『暗殺失敗』

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