第4話 暗殺執行?

(やばいやばい勢いで家に連れてきちゃったんだがああ!!?)


 スーパーで買い物を済ませ、朝生は帰宅した。樫木と……。

 樫木はキッチンで夕食づくりに専念。

 朝生は和室で胡坐をかき、唸る。


(いや、待て待て。確かに樫木を『暗殺』するには俺の家にお持ち帰りする方が都合が良いと判断した……お持ち帰りとか言うな童貞十七歳!)


 ペチンッと自らの頬をビンタする。


(これは任務の一環であって、決してやましい考えがあったわけじゃない。おう、そうに違いない!)


 実際、樫木を家に誘ったのは合理的だった。

 朝生の家には『暗殺』に必要な道具も仕掛けも揃っている。

 今の樫木はまるでクモの巣にかかった蝶のごとく。


 朝生が下心で悶々としながらも、『暗殺パターン』が十数個思いつくくらいには仕掛けが充実していると言ってよい。


 朝生はドクドク暴れる心臓を落ち着かせるために、瞑想をする。

 呼吸音が和室に響く。




 ここでおさらい――


 朝生陽太は高校二年生、男子。思春期真っ盛り。加えてコミュ障で童貞。

 同じ屋根の下で、制服エプロン姿の女の子がキッチンに立っているだけでも妄想が捗っちゃっているし。


 そんな欲求に忠実な男子が一体何を考えているのか。


 正解は――――




(――――これワンチャンあるやつでは……?)




 グーパンチで自分の鳩尾みぞおちを殴る。威力が強くて、むせた。


(死ねぇ!何考えてんだ俺は!自分の息子をワイヤーで処されてえのか!)


 瞑想を再開する。

 頭に浮かぶのは、樫木が何でも言うことを聞いてくれている場面。

 何でもの内容はあえて伏せるが、煩悩を全く断ち切れていないとだけ言及しておく。


(だって仕方ないじゃん?『暗殺』ばっかで暇とかないし?俺だって健全な男子高校生だし?彼女とか欲しいし?)


 緩みきった顔のまま、後ろの壁に体を寄せる。

 その時、ポケットに入っていた薬瓶がカタンと鳴る。




(そうだ、俺はこの毒で樫木を――)




 急激に体中の熱が冷めた。

 さっきまでの情けない朝生の顔色はどこかに消えていた。


 朝生は女性が苦手だ。

 目が合うと、脊髄反射的に嫌われたくないと思ってしまう。

 気の利いたことを言わないと――と焦燥感に駆られてしまう。

 優しくされると、嬉しくなってしまう。




 ――そこに望みはないのに――




 過去に恋愛絡みのいざこざがあったわけではない。むしろなさすぎたのだ。

 同世代の若者が恋愛にエネルギーを注ぎ込む分――朝生は『暗殺』に費やした。


 だからこそ朝生は【ヌル】として実力をつけていったのかもしれない。


 全ては拾ってくれた恩を返すため。


 気合を入れ直した朝生は『暗殺プラン』を確認する。




 ――”毒殺”。


 朝生はあらかじめ自宅の浄水器に毒を仕込んだ。

 水道から飲み水を出すとき、浄水器のレバーを回すと作用する。

 水が毒を含んだフィルターを通ることで成立するのだ。


 料理に浄水器の水が使用されている可能性はない。

 樫木は料理にはミネラルウォーターを使うと断言していた。


 コップに注がれたその”水”を飲んだが最後――樫木は息絶える。




「朝生くん。夕食の準備ができましたよ」

「おう!今行く」


 やけに美味そうな匂いが朝生の鼻腔をくすぐる。

 腰を上げ、スタスタとダイニングに移動すると――


 そこには絶景が広がっていた。


 ”本場イタリアン”。


 真っ先にそう思うくらいに本格的である。

 甲殻類を使ったパスタ。

 大きめの白い皿に盛りつけられた、色とりどりの野菜たち。手の込んでそうなドレッシングも用意されている。

 横に添えられているスープが醸し出すのは、優しい温もり。


 他にもいくつか料理があり、テーブルはそれらで埋め尽くされている。


「…………」


 朝生は面食らった。

 仕事柄、高級料理をいただく機会は適度にあるが。

 樫木の料理は、少なくとも見た目は本場に匹敵していた。


「お口に合うかわかりませんが……どうぞお召し上がりください……」

「こ、これ……俺のために……?」

「はい。もしご不満でしたら廃棄していただいても――」

「いや、そんなことするわけないだろ!めちゃめちゃ美味そうじゃないか」

「あ……その、ありがとうございます……」


 樫木は照れくさそうに俯いた。

 褒められるのに慣れていないのだろうか。


 そう思いながら、朝生はフォークに絡めたパスタを口に運ぶ。


「…………」


「あの……どうでしょうか?」


「…………うますぎる」


「え?」

「言葉をくすくらい美味い。泣いてしまいそうだ」

「そ、それは言いすぎですよ。朝生くんって大胆なお世辞を仰るのですね」

「お世辞じゃねえって。もう俺、サ○ゼ行けないくらいの衝撃なんだよ」

「その表現はよくわかりませんが……」

「あ、ごめん」


(はい俺変なこと言っちゃったー。コミュ障がやらかしましたー)


 胸中で懺悔ざんげしながらも、朝生は舌鼓を打ち続ける。


 その後も朝生は樫木と談笑しながら、食事が進んでいくが――


 ――ついに”そのとき”が来た。


 樫木が”水”の入ったコップを手に取った。

 あの中に毒が入っている。

 飲んでしまえば、晴れて『暗殺』は完了。あとは事後処理をするだけ。


 ――なのに。


 なのに、朝生は躊躇っていた。本当に『暗殺』していいのか。


『暗殺』したいと本気で思っているのか。


 ――否。


 朝生は迷っていた。たった一回。スリから守っただけ。落としたバッグの中身を拾っただけ。

 それだけの恩でこんなにも豪勢なイタリアンをご馳走してくれた樫木。


 仕事と割り切って、優しい彼女を殺せるほど、朝生の心はまだ成長していなかったようだ。


「ちょっ……まっ――!」


 急いで手を伸ばす。

 樫木はすでに口元までコップを寄せている。




 ――バシャッ!




 ”水”は樫木の喉を通らず、彼女の制服にかかった。

 びっくりした樫木がコップから手を離してしまったのだ。


「わっ!ご、ごめんなさい!お水をこぼしちゃいました」

「こっちこそ、ご、ごめん!だいじょう……ぶ――」


 朝生の視線は、樫木の胸元へ送られていた。そして即座に目を逸らした。


(これあかんやつや)


 濡れた箇所から、”黒の下着”が透けてしまっていたのだ。


(黒!?大人しい顔して下着が黒!?一番やばいやつだよ刺激強いよぉ)


 朝生があまりに黙り込むものだから、樫木も不審に思い――気づいた。

 赤く染めた頬で、穏やかに微笑みながら言う。




「……朝生くんってえっちさんな人だったんですね」




「不可抗力なんだ!!」


「あの、こんな遠回しにアピールしなくても。貧相ではありますが、朝生くんが見たいと仰れば”直接”お見せしますよ」


「え?ほんと……?あ、いや、ダメだって。自分の体は大切にしなさい!」


(それに貧相なんかじゃないよ。大きすぎず小さすぎずの一番えっちな光景でしたよ――じゃねえよぉバカ!)


 自分の顎に掌底を食らわせて、正気を保つ朝生。


「それで、朝生くんはなぜ急いで手を伸ばしたのですか?」

「あー。いや、なんでもない。ほんとごめんな」


 朝生は樫木に拭くものを渡す。


 毒が入っていたコップは、虚しく床を転がっていた。




 ――――『暗殺失敗』

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