第1話 始まりの依頼

 十二月某日。

 小太りの中年男性とは別の『暗殺任務』を終えた朝生陽太あそうようたは拠点へ帰還する。

六徳りっとくカフェ』と書かれた看板の店に入った朝生はさっそく店長に呼び止められた。


清浄せいじょう

「マイナス二十一」

「よし、入れ」


 朝生は店長と合言葉のやり取りをして、隠し扉を開ける。地下への階段を下りて奥に進むと、少し寒くて狭い部屋があった。


 そこには朝生と同級生の女子と男子が一人ずついた。


 小説を片手で読んでいた女子は朝生の存在に気づき、歩み寄ってくる。


「あぁ……おかえり。相変わらず無事なのね」

「おい。なんでちょっと残念そうなんだよ」

「だって朝生、完璧すぎるし。つまらない」

「はいはい、わるうございました」


 朝生が適当にいなすと、彼女――志河沙京しかさけいは不服そうに頬を膨らませる。そしてすぐにブルッと体を震えさせた。


「うぅ寒っ。あったまろうっと」

「あ、俺も温まりたい」


 そう言って二人は部屋に一つしかないストーブで暖を取る。


「寒いならスカートじゃなくてズボン履けばいいだろ」

「女の子には色々あるの!」


 志河沙が隣に並んだ朝生の肩をコツンッと小突く。


 志河沙は短いスカートに着崩した制服。その上に科学者みたいな白衣を羽織っている。やや青みがかったセミロングの黒髪はパーマがかけられ、志河沙の薄顔の良さが引き立てられている。


 ただ朝生は志河沙のことを仕事仲間としか思っていない。恋愛感情など皆無。

 だからこそ朝生にとって志河沙は気兼ねなく話せる異性なのだ。


「あ、そうだ」


 志河沙がおもむろに封筒を朝生に手渡した。


「これ、次のだって」

「早いな。俺さっき任務が終わったばっかなんだけど」

「そりゃあ暗殺界隈では実力トップクラスの【ヌル】様だし当然でしょ?」

「任務以外でコードネーム呼びはやめてくれと言ったはずだが」

「いいじゃない?【ヌル】。カッコいいよ?(笑)」

「志河沙がバカにしなけりゃ文句はないんだよ」


 暗殺の際に一切の証拠も証言も残さない、まるで何の無かったかのような暗殺を行う朝生を称えて与えられたのが【ヌル】というコードネームの由来。

 しかし、志河沙は違う意味を含ませるので、朝生は気に入らないのだ。


 朝生はため息を吐きながら封筒を開ける。それには顔写真と体格等のデータが載っている資料があった。


「ん?『暗殺対象』は……女子高生?」

樫木七優かしぎなゆって……あ!うちの学校の子だよ」


 覗き込んでいた志河沙はバッと封筒ごとひったくった。


「うわー。学校一の美少女とは聞いてたけどマジで美人じゃん。天使……え?バスト八十――」

「あぁぁぁ!?!!ちょっと待て!!男の俺がいるのに何てこと口走ろうとしてんだ!?」

「ピュアかよ。さっすが【ヌル】様」

「よし、殺す」

「コミュ力無し。友達無し。女性経験も無しの【ヌル】様怒らないでー。お詫びに私の胸触らせてあげるからさ」

「触って嬉しいほど胸ねえだろ」

「よし、殺す」

「やってみろまな板!」

「潰すぞ童貞!」


 ストーブの前で揉み合いになる朝生と志河沙。すると朝生たちを窘める声が入ってきた。


「うるさいよー。僕、今集中してるんだから殺し合いは人目のつかない外でやってねー」


 いや、お前こそYoutubeのゲーム実況を爆音で垂れ流してるだろ人のこと言うなとツッコみたくなる朝生と志河沙。

 だが、彼はサイバーセキュリティ等で普段から世話になっているので、強く当たれない節がある。


 カタカタとせわしなくキーボードを打つ彼に逆らえず、朝生たちは落ち着きを取り戻す。


「ったく。どさくさに紛れて私の胸を触るくらいの甲斐性見せなさいよ……」

「ん?何か言ったか?」

「なんでもない!殺されたいの?」

「わけがわからん」


 朝生は志河沙の呟きを聞き逃し、彼女の反感を買った。


「ま。せいぜいターゲットと上手くおしゃべりできるようにって祈っておけば?」

「必要ない。俺ならしゃべる間もなく――殺す」


 志河沙の手から封筒と資料を抜き取り、そそくさとしまう。


 ごおんごおんと熱を発するストーブは朝生の闘志を彷彿とさせた。

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