第8章~未来のために~
澄人のいない交流戦~草凪聖奈の悲しみ~
聖奈視点での冬季交流戦です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お疲れ様、聖奈」
「ありがとう」
真友からタオルを受け取り、軽く息をはく。
今日は冬季交流戦が皇高校跡地に建てられた競技場で行われており、草根高校ミステリー研究部も参加していた。
(まったく相手にならなかったな……まあ、当たり前か……)
夏季の交流戦から4ヵ月程しか経っていないため、相手になる人などいないと分かっていた。
それでも、あれだけお兄ちゃんが煽ったのだから、もう少しくらいは戦えると思っていただけに残念だ。
「……瑠璃部長!! この研修大会にこれ以上私が出場する必要ありますか!?」
「聖奈、それは……」
待機所の奥でメンバー表を平義先生と考えている瑠璃部長へ聞えるように大きな声を出す。
隣にいた真友が気まずそうな顔になり、ざわめいていた待機所内がシーンと静まる。
私の声に反応した瑠璃部長がこちらを見て、少し困ったような表情になった。
「聖奈……これは他校との交流だから……」
「私と試合したさっきの相手、試合後に全員顔を伏せて黙っていましたけど、それでも交流ですか?」
「それは……」
私の言葉を聞いて、瑠璃部長が口ごもる。
そんな様子を周りにいる部員たちが心配そうに見つめている。
私はそんなことには構わず、話を続けた。
「それに、もう相手が皇でも先輩たちだけで勝てますよね?」
「…………」
私の言葉を聞いた瑠璃部長は俯いて黙り込んでしまった。
この交流戦の主な目的は他行との交流だが、高校へ進学しようとしている中学生とその保護者へのアピールする場としても活用されている。
そのため、各校は来年度の新入生獲得に向けて躍起になっているだずだった。
しかし、その目的を果たすにはあまりにも私たち草根高校の部員は強すぎた。
夏の交流戦でミステリー研究部が優勝し、お兄ちゃんが皇高校を制圧したことで、今年の参加校が減ってしまったのだ。
ほとんどの高校が草根高校との実力差を露わにしたくないと思っており、現に出場している他の学校は一矢報いることすらできずに敗退していた。
今私がしてきた対戦は、相手が最大数の15人いたにもかかわらず、一人で勝ってしまった。
(正直、お兄ちゃんの活躍があるから、なにもしなくても生徒が集まるし)
朱芭のような人が他校にいると思って参加したが、どうやら私の考えすぎだったようだ。
「それなら聖奈はこれからどうするの?」
瑠璃部長はため息をつき、肩を落としながら質問を投げかけてきた。
「ここで皆さんの応援とサポートをしたいと思います」
待機所で暇を持て余すよりはいいだろうと思い、武器を置きながら紫苑部長へ笑顔を向ける。
「そっか、頼むよ」
返事を聞いた私は待機所の隅っこに座り、出場する部員のみんなを応援する。
すると、横に座ってきた朱芭が私へ声をかけてきた。
「最近、澄人くんはどうしているの?」
「わからない、最近は全然会えていないんだ……」
お兄ちゃんはほとんど家に帰ってくることはなく、最後に会った日から1週間以上経っていると思う。
こんなことは今まで一度もなかっただけに不安でしょうがない。
「もしかしたら忙しいのかも……」
お兄ちゃんは異界から帰ってきた後、臨時の世界ハンター会議の仕事をしているそうだ。
私はスマートフォンを取り出して、お兄ちゃんと連絡する画面を見つめるが、迷惑になると思いメッセージを送るのをためらっている。
公欠扱いで学校にも来ていないため、一緒にいる時間が極端に減ってしまった。
「うーん……それなら、今電話してみる? 勝利報告ならいいんじゃない?」
「え?」
私がお兄ちゃんのことを想っていると、朱芭が私の持っていたスマートフォンを素早く操作してきた。
止める間もなく、朱芭がお兄ちゃんへの通話ボタンを押してしまう。
「えっ!? えっ!? 電話しちゃってるよ!?」
お兄ちゃんは忙しいはずなので、電話に出るはずがない。
電話を繋げようとする音が小さく鳴り響き、止めようと慌てながら操作をする。
『もしもし? 聖奈?』
「あっ……えっと……もし……もし……私……」
私が止める前にお兄ちゃんが電話に出てしまい、言葉に詰まってしまった。
『どうしたんだ? 今は交流会だよな? なにかあったのか?』
「ううん……何もないよ……大丈夫」
お兄ちゃんの声を聞くだけで嬉しくて胸がいっぱいになり、涙が出そうになる。
なんとか堪えることができたが、声が震えてしまう。
『それで、どうかしたのかな?』
「あの……今日……全部勝ってるよ」
『そうか! それはすごい!』
今日の交流戦で勝てたことを伝えると、お兄ちゃんがとても喜んでくれた。
それだけでもここに来た甲斐があった気がする。
「ねえ、お兄ちゃんは……いつ家に帰ってくるの?」
『そうだな〜……大体の準備はもう終わっているから……聖奈が交流戦から帰ってくる頃には落ち着ていると思うよ』
「本当!?」
『ああ、終わったらまた一緒に境界へ行こう』
「もちろん!! 楽しみにしているね!!」
お兄ちゃんとの会話が終わると、朱芭がにやけ顔をしながらこちらを見てくる。
「電話できてよかったね」
「もう!! 急だからびっくりしたよ! でも、ありがと」
「ふふん♪」
朱芭に笑われながら、私は待機所にいる人たちを見回した。
次の試合が始まるアナウンスが流れ、瑠璃部長がおもむろに立ち上がる。
「次の試合は——」
瑠璃部長がメンバーを発表し、全員が競技場へ向かっていく。
(お兄ちゃん……早く会いたいよ)
私は心の中でそう呟き、試合のために待機所から出て行く人たちへ笑顔を向けた。
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ご覧いただきありがとうございました。
次回の更新時期は未定です。
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