草根高校ミステリー研究部、部長候補天草瑠璃~部長として~
一日中使用していた部室の机に広げてしまった資料を片付けながら、先生や今の部長に言われたことを何度も頭の中で繰り返していた。
「異界で迷ったら死人が出るから、部長は弱気な態度や悩む姿を部員に見せてはいない……わかってはいるんだけど……」
先ほど澄人くんへ悩んでいる姿を見られてしまったため、戒めのようにその内容を口ずさんだ。
夜も更けており、誰も学校にいないと思って机に突っ伏してしまっていた。
(部室であんな恰好をしている私を見て、澄人くんに失望されたかな……)
自嘲気味に笑ってしまい、好きな人に呆れられたかと思うと涙が出そうになってくる。
「今からこれじゃあ、この先が思いやられる……どうして私なんだろう……」
部長やほとんどの先輩たちは私が部長になることを推薦してくれた。
一部では、澄人くんを部長にしてみてはどうかという意見もあったそうだ。
(ハンターとしての能力がずば抜けて高い澄人くんや聖奈ちゃんを私が引っ張る……できるのかなぁ……)
あの2人だけで行動させた方が異界の探索効率が良く、現状は私たちがお荷物になっている。
それだけでも悩みなのに、さらに新入部員が今までの方法では絞り切れないほど優秀ときて、私の手に負えることではないような気がしていた。
にもかかわらず、部長や先生は私に任せるとだけ言っており、どうすればいいのかわからない。
(【あの】草壁先輩に相談をしたかったけど……突っぱねられて、取り付く島もなかった……)
私たちの代はあの人にあこがれてこの高校へ入学した人も少なくない。
自分にもあの人と同じように剣でモンスターを倒せるような実力があればと思ってしまうこともある。
「私はただの回復役だから……澄人くんよりも弱い……」
部室の消灯を行い、この先に不安を抱えたまま帰路につく。
「いったっ……」
顔を上げる気になれず、うつむき加減に歩いていたら、何もないところで躓いてしまった。
自分があまりに情けなくなって、涙が出そうになる。
「先輩、大丈夫ですか?」
「……え?」
突然手を差し出され、ゆっくりと誰なのかと顔を上げたら、澄人くんが心配そうな顔を私へ向けていた。
弱気なのを悟られないために下唇を噛んでグッと堪える。
「ありがとう。私なら大丈夫、暗くて足元が見えなかったんだ」
澄人くんが何かを言う前に立ち上がり、スカートについた砂汚れを払いつつ、気持ちを作った。
(草壁さんと帰ったと思っていたから焦った……待っていてくれたのかな?)
そう思うだけで少し嬉しくなり、何とか前を向けるようになる。
私はいつの間にか校門に着いていて、学校を出る直前で転んでしまっていたらしい。
澄人くんがどこで待っていたのかわからないが、転んだ所を見られていないことだけを祈る。
「先輩、遅いので家まで送ります」
私がある程度汚れを落としたことを見計らって、澄人くんが声をかけてきた。
これ以上澄人くんと一緒にいたら気が緩んで、弱気な言葉が出そうになるので今は遠慮したい。
なるべく顔を見せないようにスマホで時計を確認する振りをしながら口を開く。
「……いや、遅いのは澄人くんも一緒でしょ? 私は大丈夫」
「じゃあ、少しだけお時間いいですか? うちのマスターからの伝言があります」
「…………聞かせてもらえる?」
「はい」
草壁さんからの言葉を澄人くんの口から聞くことに葛藤してしまい、返事をするのがだいぶ遅くなった。
それでも、澄人くんは呆れるようなしぐさをせずに優しくうなずいてくれた。
「今の先輩は悩みすぎらしいですよ」
今の一言で私の中で何かがはじけ飛び、持っていたバッグを地面へ叩き付けた。
「悩むのなんて当たり前でしょう!? 大切な部員を決める試験について考えているんだから!!」
今の言葉が澄人くんからなのか草壁さんからなのかはわからないが、それを言ってきたのは目の前にいる後輩なので、声を荒げてしまう。
これまで必死に堰き止めていたものの、1度溢れ出てしまった感情を私には抑えることが出来ない。
「なんでもできる澄人くんにこの気持ちはわからないよ!! 知ったふうな口を利かないで!!」
人生始まって以来一番大きな声を出してしまい、喉の奥から血の味がした。
肺の酸素をすべて吐き出してしまったため、胸が大きく揺れて呼吸をしている。
しかし、こんなに叫んでも私の気持ちは収まらず、劣等感から涙がこぼれてしまう。
「私は聖奈ちゃんみたいに剣で戦えないし! 澄人くん以下の回復しかできない! 真ちゃんや真友ちゃんより視野も狭い!! どうして私が部長なんだ!! 全部できるきみがやればいいじゃないか!!!!」
感情のまま怒鳴りつけてしまい、自分が何を言ったのかと我に返ると、全く動じていない澄人くんの目が私を貫く。
責めるわけでも憐れむわけでもなく、澄人くんの瞳に映る私の表情は泣き崩れてしまって、見れたものではなかった。
フーフーと私が荒々しく呼吸をしている音だけしか聞こえず、居た堪れなくなって、一刻も早く帰るために足元のバッグを拾おうと手を伸ばす。
「僕や聖奈は周りの人へ気遣いができないので、部長に向かないと思います。それに、真さんや真友さんはまだ異界で戦うには実力が足りませんね。現状、1年生の中だと翔が一番有力候補ですが、人へ意見を言えないので駄目ですね」
ぶつけるように言い放った私とは対照的に、澄人くんが淡々と1年生について分析をしていた。
それさえも器の大きさを見せつけられるような気がしてしまうため、これ以上話をしていたら私は自分が情けなく思えてくる。
(もう嫌だ……明日先生へ部長なんてできないって伝えよう……)
そう決意して、バッグを持って何も言わずに立ち去ることにした。
澄人くんの姿を目に映さないように顔を背けて、足早に彼の横を通る。
「自分が納得するかどうかの1点だけみたいですよ」
後ろからアドバイスのようなものをしてくれていたが、もう私には関係ない。
明日には部活を辞めて、こんな悩みを抱えなくてもよい生活を送る。
澄人くんの方を1度も振り返らずに立ち去ると、夏の夜に煌々と輝く月だけが私を見ていた。
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ご覧いただきありがとうございました。
次の投稿は3月8日に行う予定です。
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