それぞれの試験②~天草紫苑の証言~

「そうか……どんな内容だったのか教えてくれるかな?」

「わかりました」


 紫苑さんが口を開き、昨日友達からされたという話を思い出すように語り始める。

 草凪ギルドに所属しているという男性が聖奈によって病院送りにされた草根高校の生徒へ接触してきた。


「男性は訓練という名の襲撃を友達たちへ指示をして、その対価でアダマンタイト製の武器と500万円を支給すると提示してきたそうです」


 師匠は息を飲み、一瞬だけ眉間にしわをよせたが、優しい表情に戻った。


「疑わなかったのかい? そんな話を信じそうにないが……」


 紫苑さんは首を振って、スマホに移された2枚の写真をテーブルの上で表示させる。

 そこには、ハンター証と聖奈の部屋で転がっていたピンバッチと同じものが映されていた。


「なんということだ……まさかこれは……」


 その画面を見た師匠が信じられないものを目にしたように首を振る。

 どうにも師匠の様子がおかしかったので、俺も写真を見ながら質問をした。


「師匠、これはなんですか?」

「これは、草凪ギルドのメンバーであることを表すピンバッジで、基本的には出回らない……はずだ」


 基本的にはという部分で言葉が弱くなった師匠の様子から、ピンバッジが本物であることがわかる。


「それを見て、私の友達は訓練と報酬について……疑いを持たなくなりました」

「今もなお草凪ギルドの名前が知れ渡っているから……か……」


 悲しそうに呟く師匠を見て、本当に日本中で活躍していた頃の草凪ギルドを知っている分、今回のことが堪えているようだった。

 師匠がうつむいてしまったので、俺は話の続きを聞くために口を開く。


「それで、どうして先輩がそれを知ることができたんですか?」

「たまたま私が一緒にいる時に紫苑へ連絡が入ったからなんだ」


 俺が天草先輩から聞いていることは、妹の友達に草凪ギルドの関係者が襲撃を計画しているということだけだったので、一緒にいた理由までは知らない。

 一緒にいるタイミングが良すぎると感じていたら、師匠が天草先輩へ顔を向けた。


「襲撃のことと、ターゲットにされている人について、平義先生から聞いたから……だな?」

「そうです」


 昨日帰り道で平義先生が襲撃犯については教えてくれなかったので、口をはさみたくなった。

 しかし、今は天草姉妹から話を聞く場で、師匠も内容がわかってそうなので俺は口を閉ざす。


 考えるように腕を組んでいる師匠は納得するようにうなずき、紫苑さんへ顔を向ける。


「ふむ……なら、きみの友達はどんな電話をしてきたのか、内容を教えてくれるか?」

「友達は……私にも襲撃に参加して……武器をもらうように言ってきました」


 泣きそうになりながら内容を口にする紫苑さんだったが、何とか最後まで言い切った。

 こんなに朝早く理事長である師匠の家に呼び出されたら何事かと思ってしまうので、泣いてしまうのも分かる。


「それを怪しいと思ったきみは、お姉さんへ相談した。そうだね?」


 師匠に言葉を、天草姉妹はゆっくりと頷いて肯定して、何を言われるのか緊張した面持ちになる。


(襲撃のことを知っていた先輩によって、紫苑さんたち全員が事件に関与しなくて済んだ)


 先輩から会った話を師匠へ流した後、続報を待っていたらそれだけは教えてもらえた。

 一通り話が終わると、唸りながら話を聞いていた師匠のスマホが鳴った。


「朝早くに話をしてくれてありがとう、聞きたいことは以上だ。3人とも気を付けて登校するように」


 スマホを押さえて音を小さくしている師匠が、目で早く出るように俺へ催促をしてくる。

 まだ事情が飲み込めていない2人を追い出すように部屋から出し、師匠に向かって頭を下げた。


「澄人、すまんな。助かった」


 俺が部屋を出ようとする直前、師匠が苦笑いをしながらこちらを見る。


「お気になさらず。こちらは大丈夫です」


 そう言い残して、天草姉妹を連れて師匠の家を出ると、すでに気温が高くなり蒸し暑くなっていた。

 ふーっと息を吐きながら、話し合いが終わったことに胸をなで下ろしていたら、紫苑さんが地面へ座り込んでしまう。


「紫苑、どうしたんだい?」

「学校へ行っていいってことは、退学にはなっていないってことだよね?」


 紫苑さんが天草先輩をすがるように見上げているが、返答に困って言葉が出てこない。

 師匠から今回は紫苑さんたちの注意だけを行うと聞いていたので、教えてあげることにした。


「事件を起こしたわけでもないから、退学にはならないよ。改めて注意喚起をするって言っていたかな」

「よかった……」


 心から安心したように自分の体を抱く紫苑さんを見ていたら、学校の荷物を持ってきていないことに気付く。

 このまま学校へ行っても困ると思うので、スマホの時計で時間を見た。


「2人とも荷物は家ですか? 学校が始まるまであと15分しかありませんよ?」


 こんな時間になるとは思わず、俺も家に荷物を置きっぱなしなので急いで取りに帰りたい。

 しかし、時間を教えても天草姉妹は慌てる様子を見せずにいる。


「私たちは学校に荷物を置いてからここへ来たから大丈夫だよ。澄人くんは……急いだ方がいいかもね」


 2人を置いたままここから離れてもいいのかと思い、聖奈に頼もうかと考えていたらメッセージが届いた。


【聖奈:お兄ちゃんのリュックも私が持っていくよ。学校で待っているね】


 聖奈が俺の心を読み取ったようにやってほしいことをしてくれている。

 流石妹と感心しつつ、2人と一緒に登校することにした。


「聖奈が俺の分も持ってくれているようなので学校へ行きましょう」


 朝のHRが始まるぎりぎりに教室へ入ることができ、荷物を持ってきてくれた聖奈に向かって軽く手を上げた。

 ただ、平義先生が時間になっても教室に現れることはなく、代わりにピンポンパンポンと校内に放送を知らせる音が響き渡る。


「ハンター資格を有している生徒を対象に緊急集会を行います。該当する者は10分後に第1体育館へ集合してください」

「聞いたな? Aクラスは全員第一体育館へ向かえ。朝のHRは以上だ」


 放送が終わると同時に、平義先生が狙いすましたかのように廊下から顔を覗かせて指示を出してきた。

 俺と聖奈以外は急に集められたことに不安を覚えているため、教えるべきか悩んでしまう。


「聖奈、黙っていよう。変に教えるとこじれそうだ」

「わかった」


 聖奈と小声で打ち合わせをして、何も知らない体で体育館へ向かった。

 集められたハンター資格を持っている生徒は、何が起こったのかと動揺しているようだった。


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