自由への指針③~水上夏澄の想い~
「申し訳ありません。私は澄人様がこの街を出るのをやめていただきたいです」
「……理由をお聞きしてもいいですか?」
俺はこの家から離れて自由に暮らしたいという願いを込めて、ハンターになり毎日ミッションをこなしている。
それを夏さんは知っているのに、今こうして直接止めるのには訳があると思い、聞くことにした。
夏さんはすごく悲しそうな顔をしながら、俺へすがるような目を向けてくる。
「せっかく澄人様と一緒に過ごせるようになったのに、また離れ離れになるのは寂しい……です……」
「それなら、夏さんも俺と一緒に来ればいいんじゃないの? おじいちゃんにも俺を助けるように言われているんでしょ?」
夏さんはルーク級のため、俺とは違って日本中どこでも自由に活動できる。
そう思っていたのだが、夏さんはうつむいて首を振り、ダメなんですと言葉を続けた。
「私や香さん……清澄ギルドはこの街以外に拠点を移すことはできないんです」
「どうしてですか?」
「この街は【境界特別区域】と言って、日本でも特に境界の発生数が多く、私たちが自由に活動できるのもここに拠点を置いているためです……他の場所に移ったら、おそらくハンターとしての行動を制限されるでしょう……」
「強くても自由に過ごすことができないんですね……」
「はい……特に私は家の支援がないので、この街を出るのが怖いです……」
夏さんは肩を震わせて、テーブルの下で両手を握りしめているように見える。
そんなことを知らず、軽率に街の外へ移ろうなんて口にしてしまった。
「すいません……夏さんのことまったく知りませんでした……」
「いえ……私も澄人様の考えを否定してしまったので……」
聞きたいことはメモにびっちりと書いてあるのに、聞く気が無くなってしまった。
そもそも、俺と夏さんを苦しめている境界とやらをなくせばこんな思いをしなくても良くなる。
(この世から境界を消してやる! ……でも、境界領域ってなんなんだ?)
なくそうと誓ったものの正体について俺はほとんど知らないので、夏さんへ聞くしかない。
質問をしてばかりで本当に恐縮してしまうが、わからないことをそのままにしておくことは悪い方にしか働かないため、最後にしようと思いながら口を開いた。
「夏さん、境界領域ってなんなんですか?」
「簡単に言うと、地球以外の場所……でしょうか。詳しいことはわかっていませんが、放置し続けると【境界地震】というものを引き起こし、モンスターが街に出現するようになってしまいます」
「そんなことが起こるんですか?」
「境界地震を防ぐために草凪家は数千年も前から日本中のハンターをまとめ、世界にも影響力がありました……しかし、今は……」
現在の草凪家のことについて俺の前で口に出せないのか、夏さんは急に言葉を止めて、うつむいてしまう。
そして、何世紀も前からハンターをまとめて境界で戦っている人たちが、根本的な原因をなくそうと考えていない訳がなく、夏さんも詳しいことはわからないと言っていたため、今の俺にできることを精一杯行うことを決意する。
(まだまだ弱い俺は、強くなるためにミッションを1つでも多くこなして、ポイントを稼ぐしかない……今はビショップ級になることだけを考えよう)
気持ちを新たに、ミッションを達成することを決意した。
「夏さんからいただいたものですが、これをどうぞ」
「え……ありがとうございます」
夏さんがいつまでも顔を上げないので、和菓子の封を切り、食べるようにすすめる。
俺も和菓子を口にすると、花の香りと程良い甘さを感じる。
「これおいしいですね。高かったんじゃないですか?」
「そんなことは……お口に合ってよかったです」
和菓子を控えめに食べていた夏さんも笑顔になってくれたので、これ以上ハンターについての話をするのはやめた。
お菓子を食べ終わったら言葉が続かず、夏さんが切なそうな笑顔を向けながら立ち上がる。
「今日は急にお邪魔をして、食事まで用意していただきありがとうございます。そろそろ遅いので失礼しますね」
「送っていきます! 送らせて下さい!」
「でも……いいんですか?」
表情は笑みを浮かべているものの、寂しそうな瞳をしているように見える。
それに、なぜか不穏な予感があり、夏さんを1人で帰らせたくない。
「もちろんです。アジトへ向かいましょう」
「ありがとうございます」
夏さんと家を出てから夜の街を歩いていると、真夏の匂いがしてきて生暖かい空気が肌をなでる。
なにかを話そうとするが、妙に俺の鼓動が高鳴り、ただならぬ雰囲気に全身の神経が過敏になっているような気がした。
「澄人様、汗が……無理をなされていませんか?」
「え?」
シャツの袖で口元を拭うと、汗がぐっしょりとついていた。
ただ、そんなことよりも、いち早く向かわなければならない場所があると、俺の勘が告げている。
「すいません、一緒に来て下さい!」
「どうされたのですか!?」
「嫌な違和感があるんです!」
もう胸のざわめきが抑えられず、夏さんの手を取り、走り出してしまった。
心臓が悲鳴をあげて、感じたことのないような鼓動を刻みながら、確固たる自信を持って進み続ける。
夏さんは俺の手を振り払うことなく、力強く手を握り、付いてきてくれていた。
(必ず【なにか】がある! だけど、それがなんなのか俺にはわからない!)
こんな時に夏さんが近くにいてくれて本当によかった。
数十分ほど手を繋ぎながら走ると、人気の少ない路地裏に着き、ある1点を見つめる。
すると、そこから【赤い】光が漏れ始め、空間を裂くように太い光が生まれた。
立っているだけなのに走っている時以上に心臓が高鳴った時、【赤い画面】が現れる。
【シークレットミッションを達成しました】
初めて特別境界を発見しました
貢献ポイントを授与します
(特別境界!? なんだそれは!?)
赤い光を確認しようと近づいた時、俺の腹部に強烈な衝撃が襲う。
「澄人様離れて!!」
「ぐっ!?」
夏さんが思いっきり俺のズボンを引きちぎれるかと思うほどひっぱり、後方へ投げ飛ばしてきた。
吹き飛ばされるように地面を転がり、体勢を整えて慌てて夏さんに顔を向ける。
「今すぐここから離れて下さい! これは【レッドライン】といって、危険度A以上が確定している境界線です!! 澄人様が入るのは自殺行為になります!!」
声を振り立てて俺をレッドラインから離した夏さんは、スマホを取り出してどこかへ電話をかけていた。
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