序章⑦~ミッションの日々~

 初めてミッションが現れてから数日、俺は今日も課題を達成するために学校にきていた。

 今日の【ライフミッション】は草取りで、自由にそんなことをできる場所を俺はここしか知らない。


 ライフミッションは1日1種類で、最初に現れるものを達成すれば、ペナルティは発生しないことが分かっている。


(夏休みでやることがないのが幸いしたな……)


 グラウンドの隅で草をていねいに抜いていたら、体格の良い担任の先生が近づいてきていた。


「急に草取りをしたり、窓の掃除にきたり、なにを考えているんだ?」

「受験に合格して、暇なので学校に貢献しようと行動しているだけです」

「そうか……熱中症で倒れないようにな。草はこの袋に入れて、あそこに置いてくれればいい」

「ありがとうございます」


 日焼けをした太い手で持っている袋を受け取ると、担任の先生は頭をかきながら離れていった。

 ライフミッションは学校にくればだいたいのものの達成が可能なので、夏休みだがここへ通っている。


 今日の朝も、担任の先生へ雑草を抜かせてほしいと頼んでから作業をしていた。

 俺の後ろには抜き終わった草が散乱していたため、袋へ抜いた雑草を入れ始める。


 拾い終わっても大き目のゴミ袋の半分ほどしか入っていないので、雑草抜きを再開した。


【ミッション達成】

 貢献ポイントを授与します


 昼前で雑草を500本抜くミッションを達成することができた。

 次の999本抜くというミッションが現れるが、今日の日差しではこれ以上行うと倒れそうだ。


(また夕方にどこかで作業できるかな……)


 勉強しか目的がなかった自分の生活の中で、毎日変わるミッションをこなすのが楽しくなってきていた。

 3袋目のゴミ袋をゴミ集積場へ運んで、担任の先生へあいさつをしてから学校を出る。


 炎天下の中作業をしていたので、スポーツ飲料を飲みながら帰宅している。

 お昼は何を作ろうか考えていたら、家への出入り口の前に誰かが立っていた。


 その人は俺の姿を見つけると、暑そうに汗を拭いながら俺の方に歩いてくる。


「こんにちは、澄人」

「お姉ちゃん?」


 数日前に準備をすると言ったまま連絡がなかったお姉ちゃんが急に現れ、言葉が出てこなくなった。

 流れている汗を見る限り、お姉ちゃんを長い時間待たせてしまったようだ。


「この前のことを説明する準備ができたんだけど、今から時間あるかな?」

「うん。大丈夫だよ」


 お姉ちゃんのその言葉で、俺が突然洞窟へ入ったことや、液体の塊に殺されかけたことは夢ではなかったと考え始めた。

 言われたことにうなずくと、俺のお腹が鳴ってしまう。


「澄人もお昼まだなんだね。久しぶりに作ってあげようか?」

「いいの? お姉ちゃんの料理食べたいな」

「任せなさい。家に入ろう?」


 お姉ちゃんはなぜか満面の笑みで俺へ手を差し出してきた。

 すると、すぐに顔を赤くして、あっと言いながら手を引っ込めてしまった。


「昔の感覚で手を繋ごうとしちゃったの……子供あつかいしてごめんね」

「ううん、なんか懐かしい」

「……そう……だよね」


 お姉ちゃんは少しうつむきながら少し悲しそうな表情を見せて、自分の手を握りしめていた。

 俺の記憶がなくなっていることを何か知っているのだと感じ、お姉ちゃんの手を包む。


「ねえ、もしかして、お姉ちゃんは俺の記憶がおかしい原因知っているの?」

「それは……」


 お姉ちゃんは口を紡いだまま、困ったように眉を寄せていた。

 しかし、俺のお腹が再び鳴ると、フフッと八重歯を見せて笑う。


「お昼にしましょう。食べながら全部説明するわ」

「……お願いします」


 何度もお腹が鳴って恥ずかしくなったため、お姉ちゃんから手を放して入り口の鍵を開ける。

 おじゃましますと言いながらお姉ちゃんも家に入り、中を見回していた。


「ほとんど変わっていないわね。適当に準備をするから、座ってて」

「ありがとう……」


 冷蔵庫の中を見ながら考えるようにあごに手を添えているお姉ちゃんの姿を椅子に座りながら眺める。

 お姉ちゃんはテキパキと料理を作り、テーブルへ2人分の料理を並べてくれた。


 俺の向かい側にお姉ちゃんが座り、笑顔で両手を合わせる。


「いただきます」


 2人の声が揃い、料理を食べ始めると、お姉ちゃんが話を始めた。


「澄人はどこまで思い出したの?」


 お姉ちゃんの口ぶりから、意図的に俺の記憶が封じられているようだった。

 それについてはあまり言及せず、質問されたことだけを答える。


「おじいちゃんのことと、お姉ちゃんのことだけだよ」

「この離れから出るなって言われた時のことは?」

「……え?」


 食事をしていた手が止まり、思わずお姉ちゃんを凝視してしまった。

 お姉ちゃんは視線を合わせて、先に食べましょうと小さくつぶやいて、俺から目を離す。


 その瞳には涙がこぼれそうになっているのが見えてしまう。

 それからは一言も交わすことなく食事を終えて、食器を片付けようとしたら、お姉ちゃんが先に立ち上がる。


「澄人は座っていて」

「……うん」


 目を赤くしたお姉ちゃんの言葉にうなずくことしかできず、俺は椅子に座ったまま飲み物を口にした。

 食器を洗い終えたお姉ちゃんは、同じ席に座り直してある物を腰に着けているポーチから取り出す。


「まず、これは約束していたスマホよ」

「これがスマートフォン? 初めて触ったよ」

「じゃあ、まずは使い方からね――」


 俺は通話やメッセージ機能など、基本的な操作方法をお姉ちゃんから教わった。

 電話帳にはお姉ちゃんの電話番号が登録してあると聞いていたのに、名前の欄は【草壁澄香】と書かれている。


「お姉ちゃん、これは誰の名前なの?」

「私よ。草壁くさかべ澄香すみかそれが本当の名前なの」

「え……かおりお姉ちゃんじゃないの?」


 ずっとお姉ちゃんの名前を間違えて呼んでいたのかと驚愕し、スマートフォンに表示された草壁澄香という文字をじっと眺めてしまった。

 すると、お姉ちゃんはスマートフォンの電源を切り、俺の顔を上げる。


「澄人、よく聞いて。あなたは唯一【澄】の字を受け継ぐことが許された草凪の者なの」

「意味が……え……」


 お姉ちゃんの言葉を聞いていたら、頭の奥底からおじいちゃんとの会話があふれてきた。


『わしはあえてお前へ澄の字を託した。澄人なら大丈夫だと思ってな』

『どういうこと?』

『お前がみんなの希望になるんだ』

『きぼー?』

『ハッハッハ!! 澄人にはまだ早いか!!』


 それとともにおじいちゃんの大きな手に撫でられた感触が蘇り、涙がこぼれてきてしまった。


「澄人、どうしたの!?」


 俺がいきなり泣き始めてしまったため、お姉ちゃんがとっさに身を乗り出す。

 お姉ちゃんが焦るように差し出してくれたハンカチを受け取りながら、この離れで住むようになった時に両親から言われた単語を思い出した。


「お姉ちゃん、【神格しんかく】ってなんなの? 俺はそれが1だからここへ入れられたんだよね?」

「……そうよ。神格が低いという理由だけでここに入れられて、祖父である正澄まさずみ様が亡くなったら、それに関する記憶がすべて封じられたの」

「だけど、思い出した。お姉ちゃん、理由は分かる?」

「いいえ分からない……ただ、私【たち】は正澄様から遺言を預かっていたの」


 おじいちゃんがどんな遺言を残したのか気になり、聞こうとしたらお姉ちゃんが和紙でできた封筒をテーブルの上に置いた。


「開けて読んでみて、私は直接それを正澄様から頂いたわ」

「わかった……読むね……」


 なんにも書かれていない白い封筒を手にして、折りたたまれたものをていねいに開ける。

 中には三つ折りで白い紙が入っていたので、中に書いてある文章に目を通す。


【草壁澄香へ 澄人が自ら街を出るまでは待ってほしい 草凪正澄】


◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

このエピソードで序章が終わり、次の話から主人公の能力などが判明します。


現在カクヨムコン9に以下の作品で参戦しております。

ぜひ、応援よろしくお願いします。


【最強の無能力者】追放された隠し職業「レベル0」はシステム外のチート機能で破滅世界を無双する

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