Albert・Crane(アルバート・クレイン)

 

 ひと月ほど過ぎて、今日は6月6日。アルバートの二十歳の誕生日。

 アルフレッドはアルバートをピクニックに誘っていた。

 ついたのは植物園。


「わあーここすごいね!」


「普段からそんなに客がいないから昼寝にはいいんだよ」


「今日は晴れてよかったね。」


「ああ」


 日の光で銀色の髪が透き通ってみえた。


「ここだ」


「わぁぁぁ・・・・」


 そこは藤棚だった。紫が一面に広がっている。


「これはなんてお花なの?」


「藤だよ。おれの故郷の花で見ごろは今よりちょっと前だけど、ここじゃ今が見頃だ。」


「素敵だね。ここが目的地?」


「そう。ちょっと色々話したくてさ」


 シートを敷いて座り込む二人。

 今日はさすがにアルは膝には乗ってこなかった。


「いいもん持ってきたんだよ。」


 それは瓶に入った桃色の飲み物。


「・・・・お酒?」


「そう。桃のリキュール。二十歳だからな。」


 持ってきたコップに酒をそそぐフレッド


「悪い、グラスまでは気が回んなかった。」


「全然、気にしてないよ。」


「そうか?じゃあ改めて、二十歳の誕生日、おめでとう!」



「「かんぱーい!」」



 ・・・・

「甘いなあ、これ」


「おいしい・・・・」


「甘い酒は気を付けないと飲み過ぎるからな」


「のどがカーッとする」


「聞いてるか?」


「もう一杯・・・・」


「・・・・」


 アルの用意したランチボックスを開ける。

 サンドイッチやウインナー、おにぎりまであった。

 こういうところはさすが女の子である。


「このオニギリ?っていうのはこんな感じで合ってた?」


「ああ。まごうことなきおにぎりだ。」


「よかった。」


「あえて言うなら真ん中に具が入ってると完璧なんだ。」


 アルのおにぎりは混ぜご飯を握ったもので中身はない。


「そうなんだ?わかんなかったや」


「今度作ってやるよ」


「わーい」


 何気ない会話が続く。


「そういや俺の昔の話、リチャードさんから聞いたんだって?」


「……うん。」


「そうか。隠してたことは謝る。ごめん。」


「うん。」


「でも、俺は間違ったとは思ってないから。」


「うん。」

「……怒ってるか?」


「怒るわけ、ないじゃん。」


「・・・・」


「私ね、【根無し草のアルバート】って修道院で呼ばれたことがあったんだ。」


「……うん。」


「でも私にとってはそれが普通だったから気にしてなくて。でもフレッドに助けられたあの夜は独りを初めて怖いと思って、うずくまって震えてた。」


「どこへも行けない。どこにも自分はいない。いちゃいけない。居場所はないんだって、初めて【根無し草のアルバート】の意味がわかったんだ。」


「だからあの時、私を泥まみれになってキャッチしてくれたフレッドには、感謝しかないんだよ。」




「……なあ。何でアルは俺の本を持ってたんだ?」


「あれは、あれが全てのきっかけ。あの本の作者に会うために私はこの街に来たんだよ。」


「え!?」


「そうしたら作者がフレッドで、禁止図書で、フレッドはもう書けなくなって、私はそんなことも知らないで、順調に…かける……ようにな…ったとか…思い…こんでぇ……っく」


 アルは気づいたら泣き始めていた。


「ごめん。今日で泣き虫は卒業するからぁ……」


「いいよ。泣き虫のまんまでも」


「うううう」


 肩を寄せ、頭を抱くフレッド。


 ・・・・


「なんか湿っぽくなっちまったな。」


「ごめん。」


「気にしてないよ。」


 ・・・・


 ・・・・



 静寂が増えていく。


 フレッドは感じた。


 ついに、時が来たのだ。


「アルバート。」


「ん?」


「真剣に聞いてほしい。」


「うん。」


 藤棚の下にアルを呼び


 フレッドはアルの正面に立つ。


 片手を握る。


 フレッドは小さい箱を出した。


 それは-


「告白する。俺は、初めから自分のためにアルを守った。アルバートに惚れて、ほしくなって、家に置いた。部屋をあげて、あらゆる理由をつけてはアルと一緒にいるようにしたんだ。」


「聴取ではかっこいいこと言ったけど、俺はこういう卑怯な人間だ。惚れた子が自分から逃げられないように囲いをつくって、えさを撒いて、甘やかして。本当は俺がアルにいてほしかったのに。」


「うん。」


「何を言いたいのかさっぱりだと思うけど」


「こんなろくでもない俺だけど」



「   君が好きなんだ。  」



「 俺と家族になってくれ。

  結婚しようアルバート。 」












「・・・・はい。むしろこっちから、お願いします。」




「……本当に?」


「本当はね、私も今日フレッドが言わなかったら言おうと思ってたんだ。愛してるって。」


「あ、あぶねぇ・・・・女の子にプロポーズ先取りされるとこだった……。」


「あーあ、先越されちゃったなあ。でも本当にうれしいです。」





「私を家族にしてくれてありがとう。」






 笑いながらアルバートは泣いていた。



「それで私にも見せたいものがあるんだ。」


「?」


 アルは鞄から1枚の用紙を取り出した。

 そこには


【作者名義変更届け】


 と書かれた役所に出す用紙だった。


「私が思いついたのか、運命だったのかはわかんないけど」


 用紙の名義欄には












【アルバート・クレイン】










 と書かれてある。


「これ……」


「こうすれば私とフレッドの名前両方とも入るんだよ!天才でしょ!」


 ちょっと考えればわかりそうなことを大発見のように言うアルバート。

 しかしフレッドにとってこれは衝撃だった。



 自身がかすかに願った思い。


 アルフレッド・クレインというもういない作家の最後に、ひそかに託した願いが


 無意識に、託した彼女に伝わっていたからだ。


 彼女を選んで本当によかった。と思った時には涙があふれていた。


「うう……ううう……」


 ポタポタと落ちる涙が紙を少し濡らす。


「フレッド!?大丈夫!?なにかやっちゃった私??」


「ちがうんだ。嬉しくて……」


 ガバッっと泣きながらアルバートを抱きしめるアルフレッド。


「わわっ。なんかいつもと逆だねフレッド。よしよし。」


 フレッドの頭をなでるアル。


「うああ……あああ……」


 それはきっと失っていた涙。

 過去に泣くはずの場面で出さなかった涙。

 彼女はそれを優しく慰めた。


 ・・・・


「恥ずかしい。男泣きしてしまった。」


「今日から泣き虫役はフレッドに交代ね!」


「縁起でもないけど、本当にそんな気がしてきた。」


「あ、言ってなかったけど『私が』フレッドを幸せにするつもりだからね!」


「ああ。こんな泣き虫を導いてくれ・・・・」


「珍しくいじけてるんだ!面白ーい!」


「やめれ~」


「ふふふっ。さあ帰ろ?明日役場に婚姻届けも出さなきゃ!」


「……よし。気を取り直して帰るぞ!」


「フレッド、涙の跡すごいよ?」


「え、うそ」


「うっそー」


「おーい」


「あはは」


 じゃれ合いながら家に帰る二人。








【アルバート・クレイン】










 それは二人にとって特別な名前。










 第1章:【黄昏の竜】の物語 -完-

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