kiss of an apple (りんご味のキス)

「くしゅん!」

「・・・・」

「あー・・・・」

「・・・・」

「……フレッド?」

「予定通り風邪だな。雨の中走って帰るからだ。ワンコめ」

「ごめんだワン・・・・」

「・・・・ぬふっ」

 正直あざといが、今のは結構かわいかった。

 その反応を隠すために気持ち悪い笑い方をしてしまった。


「と、とりあえず今日は一日寝てろよ。おかゆ作るから。」

「できるのフレッド?」

「味見はしてくれ・・・・。」

「わかった~少し寝るね~」

「ん。水まくら持ってくる。」

 ・・・・

 水まくらが熱い頭を冷やして気持ちがいい。

 中で氷と水がチャポチャポ言っている。

 昨日の事を思い出しながら、眠る。

 

  もしものことをおもった。

 逆の立場だったら私に同じことができただろうか。

 出会って半年のフレッドのために私はどこまで何を差し出せるだろうか。

 そんな彼が私を看病してくれている。


 彼を誰にも渡せない。渡したくない。

 こんな強い気持ちは初めてだった。

 アルは風邪を口実に、少し卑怯だが行動に出ることにした。


 ・・・・


「アル、起きてるか?」

「んん・・・・」

「おかゆ食うか?」

「うん。食べる。」

 フレッドはアルのベッドに胡坐をかいて座る。


 アルは大胆にも


「よいしょ……」


「「・・・・」」


「・・・・?どうしたのフレッド?」


「……アルバートさん」


「??」


「近くない??」


「そうかな?」


 ちょこんと


 フレッドの胡坐の片膝に座っていた。


 肩をフレッドの身体に寄せている。


「(なん、ひざ、えっていうか軽って尻小さっ!いいにおいするイカン!!)」


「重い?」


「ヒュエッ?オモクナイデス。」


「じゃあ、おかゆくださいな」


「アッハイ」


 やけに甘えてくるなと思った。ねこ撫で声で。

 待て待て!お前は犬系女子だろ!


 ・・・・


 おかゆを食べさせるフレッドはひなに餌を与える親鳥のきもちだった。

 胸に寄り添う彼女に与える姿はほとんど抱きかかえている状態。

 色々我慢するのが大変だった。昨日帰ってから何か様子が変だ。


「ごちそうさまでした。」

「ハイどーも。完璧にレシピ通りに作ったんだけど平気だったか?」

「うん!バッチりおいしかったよ。ありがとう!」

「よかった」

「・・・・ねえフレッド?」

「う……ん?」


「背中拭いてほしいな。汗かいちゃって気持ち悪いから。」

「!!??」


 アルも恥ずかしかったが決意の提案だった。

 こうなったらとことんやると決めていた。


「ああ・・・・了解。タオル持ってくる。」

「うん。」

 ・・・・

 パジャマを脱いで背中を向け、肌着をめくる。

 本当にきれいな白い背中。シルクのような肌。


「おねがいします。」


 ゴショゴショ・・・・ゴショゴショ・・・・


「・・・・」

「・・・・」


 緊張の沈黙。フレッドの中では色々な我慢大会がひそかに始まっていた。気がする。

 身体の匂いとシャンプーの匂いが香る。クラクラする。こっちが風邪を引いたみたいだ。


「フレッド?」


「はいっ!」


「びっくりした!大丈夫?そろそろ着替えたいんだけど。」


「ああごめん!今出るから!うおっ!」


 よほど慌てたのかアルの部屋の大きなサメのぬいぐるみで転びそうになりながらフレッドは外へ出た。


「(おかしい。明らかに昨日からおかしい。昨日はリチャードさんの書斎で本を読ませてもらうって言ってたな?電話してみるか。)」

 フレッドはリチャードに電話をかけた。

 ・・・・

「もしもしフレッド君?元気~?」

「どーもリチャードさん。元気にやってますよ。」

「昨日はアルちゃん、ちゃんと帰れたかな?」

「昨日の雨で風邪ひきました」

「あちゃー。車で送るっていったのに急いで帰っちゃったから。君に早く会いたいって!」

「そのことなんですが帰ってからアルの様子がおかしいんですが・・・・」

「んーどんな感じ?」

「なんか、距離が近いというか、やけに甘えてくるというか・・・・」

「ほお~彼女意外と大胆なタイプだったんだね~」

「なにしたんですか・・・・」

「みんなで君の話をしたんだよ~あの事件の。」

「・・・・あれは秘密にするって言ったじゃないですか」

「言ったよ。でも調査令状出されちゃってね、息子に。答えざるを得なかったンダヨ」

「アンタの事だから、そう仕向けたんでしょう?全く・・・・信用できないおっさんだな。」

「まあまあ。いずれは分かることだよ。息子は勝手に調べてるし、エリーゼさんはなんとなく気づいてたし。」

「・・・・アルはなんか言ってた?」

「いや。ずっと黙って聞いて静かに泣いてたね。でも悲しいんじゃなくて感謝だって。」

「・・・・そうか。」

「あとは本人から聞きなさいよ。私から語るなんて無粋させないでくれ~」

「そうだな。風邪治ったら聞いてみるよ。」

「うん。あ、話しといてあれなんだけど」

「うん?」

「君は今でも後悔してないのかね?作家をやめたこと」

「後悔はしてないよ。それだけははっきり言える。アルの事はまあ考えるときはあるけど。それに」

「それに?」

「きっと俺の作家人生はあいつが引き継いでくれると思ってるからさ。」

「そうかね。それなら結構だ。そうだ、彼女にはいつでも書庫に来ていいって言っといてよ?」

「はい。色々アルがお世話になりました。」

「ふっふっふ。ではなフレッド君」


 ツーツーツー

 

 驚いた。知らぬ間に暴露大会が開かれていたらしい。

 

 ・・・・

 リンゴをアルに食べさせ自分も少し昼寝をする。

 火照った頭を冷やしたかった。

 夕方になり、アルの様子を見に行く。そろそろ水まくらの交換だ。


「アル?水まくら交換するぞ?」

「・・・・」

「寝てんのか」

 あの秘密の契約を知られてしまったらしい。

 墓場まで持っていくつもりだったが知られてしまったと思うと胸が軽くなった気がする。

 これはリチャードさんに感謝するしかなさそうだ。気は進まないが。


「アル、まくら換えるからな」

 おこさないように彼女の上体を少し起こす。

 位置が決まらず抱えたままバタバタしていたら

「フレッド・・・・?」

 アルが起きた。

「ごめん。起こしたな。」

 と言って枕をとりかえ彼女を寝かせる。



 顔が近づく。


 鼻先が触れるくらい近い。


 寝起きのせいかいつも以上に隙だらけでやけに色っぽい。


「フレッド……。」


 見つめあう二人


「「・・・・」」


 きづいたら


 -唇を重ねていた-


「んん・・・・。」

 

 さっき食べさせたリンゴの甘さがした。


「甘いな」

「リンゴの味」

「アルっぽいな、なんか。」


「ふふふ」


「こりゃ明日は俺が風邪ひくな。絶対うつった」


「そうしたら私が看病して、キスしてあげるね。」


「それじゃ一生治らんな」


「そうだね」

「恋と同じだよ」


「よく言うぜ。したことないくせに。」


「今してるもん」

「ふふっ」


 初めてキスをした。

 

 まだ付き合ってもいない二人。

 

 甘い、味だった。


 ・・・・


 翌日アルバートは回復した。


 しかしアルフレッドは風邪をひかなかった。


「いや、なんでだよ!」


 こういう時の自分の頑丈さを恨んだ。

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