Second case [inside] (禁止図書事件:裏)②

「……サイン、したんですか……!?」

 最初に静寂を破ったのはアルバートだった。

 聞いていた人間はみな言葉を失っていた。


「……続きがある。」


 B面が始まる。


 

 ・・・・

 ザザザ

「はぁ……正直、こうなることは君が来たときからわかってたんだ。君は最初から覚悟をした目だった。」


「すいません。リチャードさんの話聞いてむしろ決意が固くなりました。」


「……策に溺れたのは私だったわけだ。とりあえずコーヒー飲むかい?」


「いただきます。」



「で、サインしちゃったんだしそろそろ本当のこといっちゃいなよ?」


「あれは

 アルの本ですよ。」


「あっさりいうね~それを早く聞きたかったなぁー。事の大きさわかってる?」


「わかってるつもりです。」


「そうか。」



「聞きたい……なぜ彼女をかばう?作家になるのは君の夢だったんじゃないのか?そのためにアポロに来たんだろ? 」


「まぁ半分はそうですね。作家になるのが夢だったのは本当だし、今でもそうありたいと思ってます。」


「じゃあなぜ?悲しいが私という人間の価値観では理解できないんだ。恋愛感情だとしてもこの行為は彼女に負い目を感じさせるものだ。そんなことをして好きな子を支配するような人ではないだろ君は?」


「ええ。だからこの話は俺とあなたの2人だけで封印してほしいんです。」



「君は……」



「お願いします。」



「……私も検察官である前に人間だ。

 条件がある。 」


「本当の事をすべて教えてくれ。

 君と私で共有するんだからそれぐらいはいいだろう?」



「ふうー……わかりました。」










「アルバートは


 【ひとりぼっち】なんです。


 生まれたときから。」




「ひとりぼっち?」



「親も

 家も

 故郷も

 本当の名前も

 兄弟がいたかもわからない。

 知ってます?

 この街にきて半年で2人バディを変えたそうです。

 アイツには居場所もなかった。

想像できますかリチャードさん?生まれてから誰にもつながらず、求められず愛されないで生きていく寂しさを。俺はそれを聞いて震えました。寂しいじゃなく、怖いと思いしました。」



「……」



「だからこんな俺が

 帰る家を、つながりを

 あげたかったんです。

ひとりぼっちにしたくなかった。放っておけなかったんです。」


「それは憐憫かね?」



「最初はそうでした。でも今は違います。俺はアルが好きだから、時が来たら本当の家族になりたいくらい、彼女を本気で好きなんです。」


「……」


「俺が望んだのはそれだけです。

 俺の作家人生を差し出して好きな女の子が救われるなら、安いもんです。」



「君は家を捨てて、一人旅してこの街にきたんだろ?君が作家になる情熱はそんなに簡単に捨てられるものだったのかね?」


「捨ててはいません。

勝手ながら俺は、託したんです。

アルバートには書きたい夢があってそれをずっと叶えられないままだった。

だからそれを俺がサポートすれば俺なんかよりすごい作家になるって思ったんです。」



「なら……サインせず一年待てばよかったじゃないか?そうすれば君も作家として続けられた。」


「それはできない。

 彼女の作家としてのスタートに

 そんな傷は残せない。

 しかも俺の本でなんて絶対に。」



「・・・・」



「これは俺の独善です。

 だからアルにも批判されても

 恨まれても何もいえない。

 嫌われ、罵倒され、軽蔑されても

 それでも俺は彼女を独りにしない。

 それだけは守り通す。」



「なるほど。つまり……君は残りの作家人生という自らのかけがえのないものを差し出してまだよく知らない少女を助けた。」


「見返りを求めず

批判されることも覚悟して

その人を守り抜くと誓い

その決断を自分の中に封印した。

彼女を不安にさせないように。」




「彼女を独りにしたくなかった

 という一つの理由で。

 そういうことかね。」




「はい」





「……はぁ。完敗だ。もうなにも言えない。自分が恥ずかしくなる。」


「君の行動はね、聖人のそれだ。

人は見返りを求めるものだ。

いくら覚悟を決めたとはいえ

半生を差し出すなんて

普通はできないんだよ。

私は君を

男として

人として

尊敬するが、

危ういとも思う

自分の人生も少しは大事にしたまえ。」


「それくらい惚れてるんです。」


「ふふ。愛は全てに勝つ。か。」

 




「今日は話してくれてありがとう。

 これで聴取は終わりだ。」


「もう遅いから明日の朝帰りなさい。今、布団を持ってこよう。 」


「あ、仮眠室使ってみたいなー? 」


「あれは職員用だフレッド君。はは 」


「アル、心配してるかな…… 」


 ガチャン


 テープが終わった。



「ふぅー。以上が真実だ。」


「……なんか、アイツらしいね……」

 笑いながら泣いていたのはエリーゼだった。


「出会って半年の少女を

 ひとりぼっちにしないため。

 ただそれだけの理由。

 それに自らの残りの作家人生を差し出した。誇り高い騎士みたいな男だよ。」


 リチャードは溜め息混じりに語る。

 エドワードも上の方を見上げてぼーっとしている。


「是非ともこの話をあなたに知ってほしかったんだアルバー……」


アルバートはずっと目をつむっていた。

 

 その顔は悲しみではなく

 彼の無償の愛を心から味わうように、感謝するように、少し微笑んだ顔で泣いていた。


「……フレッドってばすぐ人に大事なものあげちゃうんだから……本当に……不幸体質なんだから。」


「アルバートさん・・・・?」



「あの人からもらった愛がこんなにたくさんあったんですね。」



「彼と出会ったあの日

 私という人間は

 どこにも居ないし

 もうどこへも行けないんだって

 思ってたんです。」


「でも。

 アルフレッドが私を見つけてくれた。

 根無し草の、流れて死ぬだけの私をそばにいさせてくれた。」


「その陰で

何を犠牲にしたのかも隠して

私を助けてくれていた。

本当に素敵な人です。」


「アル……」

「私、帰らなくちゃ。

アルフレッド、きっとお腹空かしてる。彼、料理だけは苦手なんです。」


「外は雨だよ?送っていこうか?」

「大丈夫です。

今は一秒でも早く彼に会いたいんです!」

「アルバートさん……お気をつけて。」

「はい!」

と、部屋を出ようと扉までいったアルに


「アルバートさん。」


 リチャードだった。


「これは彼の友人としてのお願いだ。

 彼を、愛してやってくれ。」



「……リチャードさん。安心してください。」







「私、

 二十歳になったら

 彼と家族になります。」







「「「!?」」」

 今までと全然ちがう大胆なアルバートに驚く3人。




「彼を、わたしが幸せにします。

 そう、決めました……! 」



「……そうか。

 よろしく頼むよ。

 君ならきっと出来る。」



「はい!さようなら!」


そういって部屋を出て行くアルバート。


 雨の中を傘もささず、走り出した。

雨は冷たいのに心の中は熱く燃え上がるようだった。

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