The book of twilight and dragon(黄昏と竜)

「あなたの著書に盗作の嫌疑がかかっています。」




【黄昏(たそがれ)と竜】


この本は歴史的大作になるはずだった。


 検察官曰く【黄昏と竜】とほぼ同じ文章の本がこの本より数日前に出版されていた。


タイトルは


【黄金竜物語】



所々表現は違っていたが物語の屋台骨はほとんど同じだった。


先に出した本がオリジナルで、後から出たものが盗作だと嫌疑がかかるのは必然だった。



 全く身に覚えがない。


 フレッドは急いで作業場に戻って資料を確認した。


「ない。ない。ない……。」


 驚いた。プロットやそのほかの資料がなくなっていた。


 代わりにおそらく【黄金竜物語】の見本であろう本がおいてあった。

明らかな罠。


そういえば作業場に上がるのは1週間ぶりだった。


読んだこともない本のしかも見本がなぜうちにあるのか、フレッドはある男の顔が頭に浮かんだ



「リゴル……?」


 最後にここを使ったのはリゴルだ。


 だが彼には小説を書く能力なんてないし、しかも清掃の仕事が日中あるはずだから夜に会っている時間以外に書く暇なんてないはずだ。


あれこれと思慮している間に


「これは………。申し訳ないが事情は署で聞こうか」


 検察官はフレッドに手錠をかけようとしていた。


「ちょっと待ってくれ!これはだれかにはめられたんだ!もう少し調べさせてくれ!」


「それはこちらの仕事だ。君は署で事情聴取を。」


 9割犯人と思われている。そう感じた。


「抵抗すれば立場が悪くなるだけだよ。」


「…クソっ!」


仕方なく連行されることになった。


はめられたにしても、あまりにも状況が出来過ぎている。


検察官もタイミングが良すぎる。

そう感じざるを得なかった。



 盗作


それはこの街において重罪だ。

創作物のオリジナリティとその保護に関しては非常にデリケートな問題だった。



 それにしても今回の事件は異例の対応の早さだった。


慣例であれば、まず調査し証拠がそろってから著書を「禁止図書」に登録、回収しその後その処分を決める。


 しかしこの事件はまず容疑のかかったフレッドを聴取という理由で署に拘留、


その間に著書を「禁止図書」に登録し回収・処分した。まるで隔離されているその間に全てをなかったことにするように。


 書店に出回ってから1週間もたっていなかったのだがその人気で回収には時間がかかった。幸か不幸か、まだ街の外には流通していないようだった。



9割9分回収が終わり





処分の方法は、焼却-。





思想への弾圧のような図。



【黄昏と竜】はこの世から消滅した。



フレッドが拘留されてたった1週間での出来事だった。



出版して2週間でこの世から消滅したその本は皮肉にも




【黄昏時にだけ現れる幻想の生物(ドラゴン)】




という本のテーマを自分で体現した。




しかし、

一人の検察官は納得できていなかった。


「この事件はあまりにも例外が多すぎる。異様な事件だ。盗作は問題とはいえ、創作者の権利を軽視した動きが多すぎる。」



リチャード・スパロウホーク。38歳。


検察署の副署長。正義感が強く見た目も中身も紳士だった。




彼はこの違和感を信じ、自ら極秘で調査を始めた。




 当のフレッドには別の検察官がべったりだったため本人からの情報は得られない。


仕方なくリチャードはフレッドの身元から調べることにした。




 特に怪しいところはない。創作活動も順調。


「ん…?」


 リチャードは気になる個所を調査情報とは別の紙で見つけた。


「(相棒バディ契約…相手はリゴル。孤児。日中は街の清掃員…か)」



 妙だった。



事件の資料には一通り目を通したが相棒についての記載なんてなかった。しかも登録はされているが写真がない。登録の際にその場で証明写真を撮るため写真がないというのはあり得ないことだ。


【昼に清掃員をしている】


という情報から同業者に聞き取りをしたが誰一人リゴルの名すら知らなかった。


住所はわからなかった。アルフレッドの家を住所登録していたためだ。調査は霧の中に入った。


「足を使うしかないか」

 リチャードはアルフレッド宅の隣の家を訪ねた。


幽霊でもない限り、隣人ならきっとリゴルを目撃しているはずだ。


リチャードはエリーゼの家を訪ねた。



「はい、どちら様ですか?」


「私、検察官のリチャードと申します。」


「…検察官が何の用ですか」


 彼女は冷たくそういった。



「彼は盗作なんてしていません。絶対にありえない。」


「ええ、私もそう思っています。」


「え?」


「極秘で調査しているんです。この事件はあまりにも異様だ。私はこの事件について検察署内部に不信感がある。彼の作品は人のものを盗んでできるような代物じゃない。何より私は彼のファンでして。なんとしても真相を知りたいんです。」


「…ごめんなさい。お願いします。ううう…」


 彼女の顔が一気に崩れた。きっとこっちが素なのだ。


エリーゼにそっとハンカチを渡すリチャード。


「君が頼りだ。お話聞かせてもらえるかな?」


「はい、上がってください。」



「リゴルですか?はい、知ってますけど、最近はあってないかな?」


「彼はほかに住居をもっているのかな?」


 ペンと手帳を取り出し書き始めるリチャード。



「はい、自宅に帰ってることもあったので。」


「彼の住所のわかるもの、なにかあったりしない?」


「ああ、ちょっと待ってくださいねー」エリーゼは何かを取りにいった。


「これ彼に送ったお花の伝票なんですけど」


エリーゼによるとこの前の作品完成のお祝いとしてそれぞれに花を贈ったのだ。


彼女はフラワーアレンジメントの芸術家でもありその作品を送ったのだという。


「この前の禁止になっちゃった本のお祝いだったんですけど…」


「どういうものを送ったか教えてくれないか?この住所に行ってそれがあればリゴルの家として確定要素になるからさ」


「えーっと…」


・・・・


かくして、リゴルの家は見つかった。


 家には彼女の作品がそのままだった。


一人で住むには大きすぎる家。清掃員にしては豪邸すぎる。


そこには証拠となるものがそのまま放置してあった。


アルフレッド直筆の【黄昏と竜】のプロット多数。


そこには添削・加筆の跡があり、つなげると【黄金竜物語】の文章と一致した。




そして気になるものがあった。




【相棒登録証明書:リゴル - アルフレッド・クレイン】


【相棒登録証明書:リゴル・クロウ - ×××××××】




二枚の紙だった。




「これは…契約書…しかも二重契約か」




相棒バディ制度は二重契約が禁止されている。


リゴル・クロウ、それが彼の本名。この街でクロウといえば名家だった。


「この街の検察署長の息子だったのか…それでこの対応の早さだったわけか。クソッ!あの〈よそ者〉め!」



リチャードは机をたたいた。散らかった紙が落ち、ほこりが舞う。


この時の検察署署長はジョージ・クロウ。


幅広い権力を持った〈よそ者〉だった。


創作者に敬意も友愛もない外からきた権力者を彼は〈よそ者〉と呼んでいた。



「すべてつながった。あとはリゴルのもう一人の相棒が見つかれば…」


もう一人の名前は塗りつぶされていた。


すぐにアポロの役場で確認したが、なぜか名前がなかった。これに関しては誰も何も知らずまるで集団催眠にかかったような話だった。


正直一番気になったが、これ以上は調べようがなかった。



 証拠をそろえ、リゴル・クロウと父親のジョージ・クロウを起訴した。


 リゴルは実家に戻っていたが、戻ってから記憶の錯乱がひどく人と面会できない状態だった。どちらにしても二重契約の罪で逮捕となったが、冤罪については


「もういいから」


というアルフレッドの申し出で示談となった。


 署長のジョージははじめ罪を断固否定・黙秘をしたが、彼の息のかかった検察官たちが次々と自供し、息子の示談成立とともに手のひらを返し罪を認め、外の刑務所へ。


 検察官の資格もはく奪された。


 しかし、表向きの新聞にはこう発表された「盗作疑いの両者、示談へ」と。


 リチャードは事実を公表すべきだと主張したが有識者という権力だけの〈よそ者〉がまだ多かったこの頃は検察官の求心力の低下を恐れ、示談という形で終結させた。


〈検察署署長がわが子可愛さのために無実の少年にすべての罪を背負わせようとした〉


この事件をきっかけに相棒バディ制度は見直され、三つの柱を立てた。現行の制度だ。

 リチャードは副署長から署長になった。そして「創作者に尊敬と友愛を」をモットーに悪質な権力者の排斥をはかった。


 無罪放免を勝ち取ったフレッドだが、家に戻っても事件のせいで何も書けない。一種のトラウマだった。


 帰ってから彼を気にかけ毎日人がやってきた。隣のエリーゼはもちろんほぼ毎日来ていた。リチャードとその息子エドワード、パン屋のおばさんおじさん、スパロウホーク家のメイドのジェシカさん、その他知らない人もたくさん訪れた。


 憔悴しきった彼は3年かけてようやくかつての書架整理の仕事ができるまで回復した。


 そしてこの前夜警のバイト中に失声症の少女を助け、彼女は居候になった。


 そして今

 その少女の

 そのノートの中に




 呪いともいえる本の名を、見た。




【黄昏と竜】






嫌な予感が、ぬぐえなかった。

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