The first case(最初の事件)
話は更に少し過去に戻る。
アルフレッドは極東の島国の出身である。故郷の名は能登。
家はいわゆる武家で三人兄弟の次男だった。
家の武術【鶴見流】は体術を中心とした戦闘術であり、アルフレッドこと元の名を
鶴見有人(つるみ ありひと)という。
武道が好きかと言われたらそうでもない。
読書の方が何倍も好きで
作家になるのが夢だった。
三男は体が弱かったため寺に出家。
跡取りは長男と次男での決闘できまることになっていた。
決闘とはすなわち血闘、次男の彼は長男よりも強かったが、そんな戦いを有人は望まなかった。
有人はそのまま家を出た。あてのない旅の始まりだ。あてのない逃避行。
食料はある程度は持っていたが現地調達が基本。狩りをして、釣りをして、草を摘んだ。
家では絵や書道の教育は受けていたので極東の珍しい絵や書はそれなりに売れて路銀になった。
孤独には強かったが寂しさを感じないわけではない。始まりは逃げたかったからだが、あてのない旅の記録をつけていくうちにこれを物語にして売り出すんだという夢ができた。
絵や書だけでは路銀が足りないときは用心棒や害獣の苦情の仕事もした。
危険な仕事はそれなりに儲かるが、人殺し、盗み、身体を売るなどの仕事だけはしなかった。そう誓っていた。
旅を続けるうちにアポロ・ポートのうわさを聞いた。まさにそれは楽園だと思った。
創作者が主権を持った街、右も左も創作物であふれてるなんてにわかに信じられなかった。
そして
「ほんとに……あった……。」
ついにアポロ・ポートの正門の前までたどり着いた。
家を出て3年。当時は船も少なく、馬車や列車もない。
当時15歳の少年、有人はアルフレッド・クレインと名乗りこの街で活動を始めた。
彼はまず実家から持ってきた絵や掛け軸を換金した。これは最後の砦として売らずにいたのだ。
家は貸家制度で今の隙間のような家を借りた。この街は創作者に対しての保障は非常に手厚かった。
こうして有人ことフレッドは
念願だった作家になった!
その日はひとりでパーティーをしたらしい。
フレッドは一人で小説を書いた。相棒(バディ)制度は当時任意制度で強制ではなかったのだ。
しばらくは書架整理の仕事と兼業。小説の内容は自分の旅の記録を脚色したもので出版されているの他の冒険譚よりリアリティがあって注目されていった。リアリティがあるに決まっている。ほぼ実話なのだから。
当時は分厚くて大きく箔押しの表紙こそ【本】の象徴だったが、それを知らなかった彼は鞄に入るくらいの大きさで手触りのいい表紙を選んだのが逆に新鮮味を出していてさらに話題を呼んだ。
最初の作品は
「三海四山(さんかいしざん)」
タイトルも、字の形がなんとなく格式高く見えるのか好評だった。
「三海四山」は全6巻まで出た冒険譚で、創作者の中で特に評価が高かった。それはこの街では何よりの誉れでもあった。
次のシリーズを考えているときに思いがけない事態が起きた。
相棒(バディ)の申し出だった。
それほど乗り気ではなかったが、申し出をした何人かと会って話をした。フレッドの話題性に乗っかろうという輩も多かった。
自分のビジョンだけを好きに語るもの、分け前の話からするやつもいた。
この頃のアポロはまだ発展途上で話題性と不純な動機で街に来る人間も少なくなかったのだ。
フレッドとしては今の自分に何ができるか、できないか、それを正確に理解している人間を求めていた。そしてフレッドが苦手なところに手が届くような人物がよかったのだ。
そしてそれは現れた。
「僕は物語を書いたり評価とかはできません。でも知り合いとか多いからそういう人に話して広めてもらったり、とにかく人と話すのはできますし得意です!」
まさにフレッドの苦手なところを補完する存在。
名前をリゴル。男性。年齢20歳。右利き。親はおらず孤児。現職は街の清掃員。社交的で体力があり、知り合いが多い。街の地理にも詳しい。
うってつけの存在だった。孤児、孤独という点に共感してしまったのもあるがほかの条件も文句はなかった。晴れて二人は相棒となった。
バディとなってわかったがリゴルは悪い奴ではないが少し面倒な性格だった。酒を飲んだ時のからみ方が面倒なのだ。
「アルフレッド聞いてるかー?」
「あー聞いてる聞いてる」
「でなー役場の受付の娘がかわいくてさあ~」
「そこはもう聞いた。何回目だその話…」
「いいじゃんかーお前もきっと可愛いって思うぞーあフレッドは隣のエリー狙いだったか」
「違う」
「あいつは顔はいいし胸もでかいけど性格がこえーんだもんなあ」
「そんな大きい声だと隣に聞こえるぞ。この家は壁薄いんだから」
「平気平気!でどこまで話したっけ?」
「はあ~…」
酒飲みのからみ方でも面倒なほうだった。
リゴルはそれほど酒が強くないらしくすぐ赤くなり寝てしまう。
「じゃあ俺は寝るから~」
「ああ」
作業場はこの時二階でリゴルはよくそこで酒を飲んで寝過ごすことがあった。
リゴルは自分の家があるのでたまに帰っている。
そのころはまだバディの共同生活のルールは存在しなかったのだ。一階はフレッドのスペース。
フレッドは夜型で、リゴルは昼型の生活スタイルだった。そのため二人が会うのは夕方から夜にかけて。相棒とはいいながらも会ってる時間は長くなかった。
ある日の夜
「これでそろそろ新シリーズの一巻の完成だ」
「タイトルは決まった?」
「これにしようと思う」
【黄昏と竜】
「これはどういう意味?」
「黄昏は夕方とか物事の終わりって意味だ。竜はドラゴン」
「ふんふん」
「終わろうとする世界にだけ架空の生物・ドラゴンは現れる、そういう話だからな」
「なるほどねー…」
本当にわかっているのか。
返事だけでは判断できなかった。
「あとは製本して印刷してもらうだけ?」
「ああ。悪いけど明日の昼にやってきてもらえるか?ここしばらく寝不足で今日は多めに寝たいんだ。」
「了解!やっとくよ。見本は机に置いとくからさ」
「助かる。じゃあ俺はもう休む」
「お疲れ!」
正直会話する元気もほとんどなかったが部屋に何とか戻りベッドに飛び込んだ。
翌日、起きたのは夕方だった。一階の机に見本と置手紙があった。
「お疲れフレッド!見本置いといたから!新巻は最優先で並べてくれるってさ!あと明日から1週間そっちに顔出せないから1週間はオフにしないか?問題あれば電話してくれ!よろしく。ーリゴルー」
「電話ってあいつの家の番号知らんぞ……まあいいか」
そうして1週間のオフとなった。オフとはいっても兼業の書架整理はしているので寝る時間が増えたか、散歩、読書などパッとしない休暇を過ごした。
~1週間後~
朝から家のチャイムが鳴った。一度は無視したが、二回なってしまったので出ざるを得なかった。
「(リゴルか?朝は掃除のはずだが忘れものでもしたか?)」
「はい?」
眠気まなこでドアを開ける。そこには制服のようなものをきた男二人が立っていた。胸には剣と盾のバッジ。
「なんでしょうか。」
「ここはアルフレッド・クレインさんのご自宅で間違いないですか?」
「はい。新聞なら間に合ってますが」
「…あなたがアルフレッド・クレインさん?」
「そうですが?」
「我々は検察官です。あなたの著書に盗作の疑いがかかっています。調査、聴取にご協力願えますか?」
「…は?」
男はおもむろに鞄から本を取り出し
「この本についてです。」
見せた本は
この前出版した【黄昏と竜】だった。
寝起きで冷水をかけられたように目が覚めていた。
続く
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