第112話 白夜
混沌の化身に姿を変えた、マリデに魔王は語りかける。
「その姿から見るにやはり、貴方が2000年前に混沌の神と契約したというのは本当のようだな」
マリデは魔王の語りかけに答えない。魔王は気にせず続ける。
「感じるぞ、強大な力を!そんな力を持っていながらなぜ、何もしない、なの力を積極的に使わないのだ?その力があれば人類を導くことなど容易いはず」
女性とも男性とも取れない声が、空に響いた。
「意味がないからさ、僕達のような人外が人を導くなどね」
「…どういうことだ、ヴァルデ」
「これは僕の持論だが、人の世は人が制するべきなんだ、決して神のような存在が導いちゃあいけない、そうしなければ人間は自分の意思で考え、成長はできなくなるだろう」
「そして」と混沌の化身はさらに続ける。
「人間は、神に導かれなくてはならないほど、愚鈍ではないよ、ライジェル王、それを証明するために僕は、「黒い羊」という人間が世界を守る組織を作ったのだから」
ライジェル王は、その言葉を受け心底落胆する。
「やはり私たちは分かり合えないな、人間は失敗する、取り返しのつかない失敗をいずれする。それを回避するためには導きが必要だ、神のような導きが!」
「神なんて碌なものじゃないさ、ライジェル王」
両者は空中でぶつかり合った。爆発のような衝撃波が発生し、雲を押し流す。
魔王は一旦、マリデから距離を取り無数の光の剣を生成し、混沌の化身に向かってそれを発射する。光の剣は弧を描きながら、囲むようにマリデに迫っていく。
しかし混沌の化身は動じない、空中に浮かんだまま、頭の触手だけが動き触手の先端、それぞれが光の剣の大群に向けられる。
そして複数の触手の先が光り輝いたかと思うと、次の瞬間、触手は先端から赤い閃光を放った。
その一本一本の触手から出る閃光で、マリデは光の剣を薙ぎ払う。光の剣は爆散し粉々に砕け散っていった。
「その程度かい?魔王…」
落胆を込めた、言葉をマリデは言い放つ。そして、両手を天にかざした。混沌の化身とかしたマリデの掌の先に、光で出来た複雑な紋様の魔法陣が描かれていく。
「させるか!」
魔王は、なにかの魔法の予備動作だと考え、左手に光の大剣を出現させ、マリデに突き刺すべく突進していく。
だがそれを予期していなかったマリデではない、マリデの体からまるで脱皮でもするかのようにもう一体の混沌の化身が姿をあらわす。
――分身の魔法か!
分身体は、魔王のもとに飛んでいき、掌底を喰らわせようと拳を突き出すだが、魔王は巨体に見合わない反応速度と素早さで、それを避けた。
そして、逆に剣を逆手持ちし背後から、分身体を貫く。
「分身如きに!」
だがこれもマリデが予想していた通りだった、分身体は最後の力を振り絞り、頭の長髪のような触手で、魔王の体を搦めとる。
そして分身体の体の内側から青い光が溢れ出し、分身体は光の鎖となり魔王の体を締め上げた。
しかし、魔王はこの程度で動きを封じ込められるわけではない、いくらか、もがいた後、魔王は鎖を力任せに弾き飛ばした。
魔王が、マリデに追撃を加えようと、剣を握り直したその時。マリデの体を伝って、黒い雫が空中に落ちる。
その雫の不思議なところは、何もない空中でまるで湖に天水が落ちるかの如く、落ちた先で波紋を立てたことだ。
その波紋が呼び水になったかのように、黒い水の波がどこからともなく流れ出で、魔王の体を押し流す。
マリデと魔王は、巨大な黒い水の球体の中に閉じ込められた。
「結界、構築完了」
マリデの声がその水の中に響く。
黒い水の中、それは暗闇ではなかった、まるでその中は星空のように、一面の光の点で覆い尽くされ、その中には銀河のような光の渦まで確認できた。
その異常な宇宙のような空間の中で魔王と混沌の化身は2人佇む。
先に動いたのは魔王だった。左手の剣をマリデに突き刺すべく、光の翼を羽ばたかせ弾丸のごとくマリデに迫っていく。
「ヴァルデェェェェェェェ!」
マリデは両手を合わせ呟く、自身の最強の魔法の名を。
「天蓋落とし」
まるで天の星がそのまま、地に落ちるかのごとく、魔王の頭上から、複数の隕石が降り注ぐ。魔王はすぐに体を反転させ隕石の方に向き、一線、剣を横になぎ払った。
波が広がるように生まれた、斬撃の衝撃波で、複数の隕石を破壊する。しかしその隕石自体が何かの強大なエネルギーを持っていたとでも言うのか。
粉々に砕けると同時に爆発し破片の雨を魔王に振らせる。その破片は魔王の体を貫通しないまでも表面の肉をえぐる。
――これが、かの勇者の仲間の1人、天のヴァルデの力か……!
魔王は心の中で、驚愕する。これでもマリデは本調子であるはずがない、なぜならガデレート山の遺跡に力を分け与えた分身体の一つを封印したからだ。
分身の魔法の構造は単純だがリスクを伴う。強大な魔力を持ってして自身と瓜二つの分身を生み出すのだがその際、自身の力を分け与えるのだ。
力とは魔力、闘気、体力などのことだ、つまり自身の力を減少させる代わりに分身を作り出しているということ、さらに減少した力は分身体が消えて戻ってこない限り、当分は回復しない。
しかし、今のマリデには力が失っているそぶりは全く見られなかった。
それどころか絶対的な力を持っているはずの魔王に対してここまで圧倒的に追い詰めている。
「忘れてはいないかい?僕達は2000年前にすでに、コルナとともに、魔王を倒しているんだ」
マリデのその言葉とともに、ふたたび隕石が魔王に向かう。
今度は上空だけではない、全方位、囲むようにして隕石が降り注いだ。
「貴様…!!」
魔王はなすすべなく隕石の雨に打たれる。隕石は当たるたびに大爆発を起こし、魔王の体をえぐっていった。
隕石が起こした球状の爆発を、マリデはじっと見つめる。これで終わったか、と。
否、これで終わるはずがない、爆発の中、飛び出すものがいた。それはライジェル王だ。
魔王の肉体を捨て、単身で魔法障壁で自身の守りながら光の翼で飛んできたのだ。
「ヴァルデ!甘いぞ!コアである私さえ無事ならば、ふたたび魔王の肉体を再構築できる!」
そう叫びながら、ふたたび、ライジェル王は魔王の体を再構築する。
一瞬とも思われる時間で、魔王はふたたび姿を現し、左手に光の大剣を具現させた、マリデは反応がおくれる。
そしてそのまま、混沌の化身の頭を貫き、胴まで切り裂いた。
「勝った!」
思わずライジェル王は吼えた。勝利による達成感が、王の心を満たした。
しかしその心に水を指すような声が響く。
「ああ、これで勝ちだ、まさか人生で二回も魔王を倒す羽目になるとはね」
いつのまにか、混沌の化身の肩に、人が立っていた。その者は漆黒のローブをまとい、褐色の肌にローブの上からでもわかる筋肉質な体に、黒い長髪を備えた男だった。
そしてその男の左手には、長い魔法使いが好みそうな杖を、右手には白銀の輝きを放つ白き剣を携えていた。
魔王はその男の正体を、一瞬で看破した。
「ヴァルデ……!!その剣はまさか!!」
魔王は知っていたその剣の正体を。
「待っていたよ君が油断するのを」
マリデは白銀の剣を天に掲げる、今は亡き友、勇者コルナが振るった、その剣の名を呼んだ。
「白夜の剣ゼーヴェリオンよ、夜を切り裂け」
マリデはゼーヴェリオンを振り下ろす、白き炎が太陽の光のごとく魔王の体を包み込んだ。
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