第107話 リナトリオン

 目の前にいる男が王だということに、薄々感じはじめたドンキホーテは、気が気ではなかった、「馬鹿な」「なぜだ」「ありえない」この単語が頭の中でパスタのように絡み合って反響していた。


 しかしそんなドンキホーテの気持ちを無視するように目の前の男は喋り続ける。


「どうやら、私の事を王だと認識してくれたようだな、というわけだ、久しぶりだなドンキホーテ…」

「黙りやがれ!俺はまだ!信じちゃあいねぇぜ!」


「はぁ」と目の前の白髪の男は息を吐く、そして「ならば」と話を続けた。


「ドンキホーテ覚えているか?俺とお前が初めて会った時のこと」


 ライジェル王の一人称が変化したのを、ドンキホーテは気がついた、親しき仲の者と話す時ライジェルは自分のことを「俺」と呼んでいたことを覚えていた。


「あれは6年前、思い出すなぁ、お前はまだあの時は従騎士で、一人前の騎士ではなかった。そんな新米の従騎士とベテランの騎士が集まるあの祝賀会で、俺たちは出会ったのだったな…」


 それは、ライジェル王しか知りえないことだった。ドンキホーテはそうその祝賀会が開催されたとある大貴族の館の中庭でライジェル王と出会ったのだ。


「あの中庭で、誓い合ったことを覚えているか?」


 男はドンキホーテに語りかける。ドンキホーテのこの男に対する、疑念はすでに確信に変わっていた。ドンキホーテは答える。


「世界の平和を俺たちで守ろうと…お前は王として、俺は騎士として守ろうと言った…」


 それはドンキホーテにとって汚れなき青春の思い出だった。ドンキホーテは叫ぶ。


「なぜだ!ライジェル!なぜお前が!」


 ドンキホーテは怒りをライジェル王にぶつける。マリデはドンキホーテの怒りを抑えようとも考えたが、今はやめておいた。彼の怒りと悲しみを今封じるべきでないと考えたのだ。

 そのドンキホーテの怒りの慟哭に対して、ライジェル王は答える。


「ドンキホーテ、今も私の気持ちは変わらんよ、世界の平和を守る、善良な人類を守る、それが私の願いだ」


「それは矛盾しているよ」とマリデがいい、こう続けた。


「それならばなぜ魔王を復活させようとするのだい?そもそも当初の計画とは違うようだが?」


「当初の計画?」とライジェルは一瞬、考えるそぶりを見せた後、「ああ、あれのことか」と納得して説明をする。


「それは恐らくだが、あの三兄妹のうちの誰かから聞いたのだな?その計画は、三兄妹を制御するための嘘さ、本当の目的は、魂を活性化させるためにあったのだ。」

「魂の活性化だと?」


 ドンキホーテは訝しむ。ライジェル王は続けて話す


「必要だったのさ魔王を復活をさせるためには――」


 そう言ってライジェル王は、仰々しく手を広げてこう続けた。


「魔王ヨータの魂の目覚めが」







 暗い、暗い何処かの底にエイダは落ちている。体はまるで水の中にでもいるようにゆっくりと、落ちていき、やがて底についた。誰かが、女性が泣いている。


「ここは…どこ?」


 そこはただ真っ暗な空間であった。わかることは地面はまるで、一面砂で、出来ており砂漠のようになっているということだけである。


「私は確か…グレン卿に刺されてそれで…」


 思い出そうとしても、その後の記憶がなかったため、エイダはこの暗い底にどうやってきたか思い出すことができなかった。

 落ちてきたということはわかるのだが、それ以上のことはわからない、今わかることといえば、ここが暗い何処かだということと、誰かが啜り泣いていることだけだ。


 エイダは、ここにとどまっていてもしょうがないと感じていた。そこでこの啜り泣く声の主に会いに行くことにした。

 どうして、そうしようと思ったのかはエイダにもわからない、あまりにも悲しそうに泣くので放って置けなかったのか、それか本能的な直感に従ったのか。

 それとも、そのどちらともか、とにかくエイダは突き動かさせるようにして、その泣いている声の元へと行った。


 そしてしばらく歩いていくと、ついにエイダは砂上の上でうずくまり、啜り泣く女性を見つけた。

 その女性は、装飾のついた絹のドレスをその身につけている。顔はうずくまっていて見えないが、髪は恐ろしいほど美しい、金の光沢を放っていた。

 何より不思議なことに薄ぼんやりと体から光を放っている。エイダがここまで、その女性の特徴を見抜けたのもその光のおかげである。


「なぜ泣いているのですか?」


 エイダはその女性に話しかけた。すると女性はエイダに気づくと泣くのをやめた。そして顔を合わせず、うずくまったままでエイダに訳を話した。


「悲しいのです、今の彼を見るのがとても悲しいのです…」

「今の彼?」


 エイダは、訳がわからずそう聞く。エイダの疑問に答えるように女性は口を開いた


「勇者ヨータのことです」

「ヨータの!?」


 その言葉にエイダは食いついた。すると女性は頭を上げその美しい顔をエイダに見せた。


「ヨータを知っているのですか?」


 女性はエイダに聞く。エイダは首を縦に振った。


「私は、ヨータの魂とともに旅をしていた、エイダと言います、ヨータには色々と助けられてきました」


 なぜか、エイダはそのことをペラペラと喋ってしまったしかし、何故だか、この女性の前では本当のことを言った方が良いと感じたのだ。


「あなたが…そう…あなたが…!」


 その言葉を聞くと女性は涙を再び流し始める。エイダはどうしたらいいかわからず、慌てふためき「大丈夫ですか」とエイダは聞くと女性は言った。


「大丈夫です…ただ貴方とこの世界であってしまっことが悲しくて…」

「どういうことですか…あのそういえばお名前は…」


 すると女性は、ゆっくりと話し始めた。


「ええ、申し訳ありません、私の名前はリナトリオン、ヨータをこの世界に招き入れた、つまり転生させた神です」

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