第106話 王さま
「エイダ!」
ドンキホーテの叫びは虚しく木霊する、エイダは吸魂の剣に貫かれた。グレン卿は不敵な笑みを浮かべながら言う。
「これで4人分の魂を集めきれたか」
そうしてグレン卿は「ようやくだ」と言いながら、剣をエイダから引き抜く。それと同時に水晶の檻も消え去った。
その次の瞬間、グレン卿はドンキホーテの烈火の如き怒りを纏った、剣による一撃を受ける。
あまりにも一瞬の出来事だったためグレン卿自身も、剣で防ぐのがやっとだった。
しかし衝撃までは殺しきることができず、グレン卿は壁まで吹き飛ばされてしまう。グレン卿の体は壁にぶつかり、煙が起こる。
その隙に、ドンキホーテとアレン先生はエイダに駆け寄った。
「エイダ、しっかりしろ!」
「目を開けるのじゃ、エイダ!」
ドンキホーテとアレン先生の呼びかけに、エイダは答えない。アレン先生は唇を噛みしめる。
「ワシらがついていながら…!」
動かないエイダの体の傍、黒い蛇、マリデが寄り添う。そして、悔しがるアレン先生を見てマリデは言った。
「まだ諦めるのは早いだろう?アレン先生、魂がとられたのなら取り返せばいい」
「ボスの言う通りだぜ、アレン先生、あの吸魂の剣さえ取り戻せれば!まだ間に合うはずだ」
マリデとドンキホーテの言葉に、アレン先生は「そうじゃな…!」と煙の方を向いた。狙うはグレン卿の剣、殺してでも奪い取らなくては。
アレン先生の心の中に固い決意が、灯る。しかしそんな決意をあざ笑うかのように、誰かの声が響いた。
「無駄だ…抜き取った魂は、エイダ達のものではない…正確にはエイダと共にあった、魂を抜き出したのだ、それも無理矢理な…」
グレン卿のものではない、ドンキホーテ達は辺りを見回した。
すると突如、床が光りだす。
「なんだ!?」
ドンキホーテの問いに答えるものはおらず、光は徐々に強くなっていった。
ドンキホーテ達はあまりの眩しさに目を瞑る。
「一体なんじゃ!」
アレン先生は目を前足でこすりながら目を開ける。どうやら、光は治ったらしい。
「全く何が起こったのじゃ?ドンキホーテ!マリデ!大丈夫か?!」
しかしアレン先生の言葉に返事をするものはいなかった。辺りは先ほどと違って暗く、アレン先生の傍には、動かないエイダとアイラ達の体があった。
「転移の魔法か…?!」
アレン先生は一瞬で理解する。どうやらドンキホーテ、マリデは、アレン先生とは違うところに飛ばされたらしい。
アレン先生は考える、では一体どこに、飛ばされたのかと。
一先ず光源が欲しい、そう考えたアレン先生は魔力を光に変え、辺りを照らした。
「これは…?!」
見渡す限りの巨大な鉄格子、アレン先生は理解する、閉じ込められたのだと。しかし同時に分からないことがある、なぜドンキホーテ達も一緒ではないのか。
一方、ドンキホーテとマリデはアレン先生とは逆に、転移させられた場所は、明るい塔の頂上であった。
どうやらこの塔は、雲よりも高くできているらしく、周囲を見渡すと雲海を見ることができた。
そんな場所に突如、転移させられたドンキホーテは、目を開けるなり理解する。
――転移魔法か…!
そしてドンキホーテが次に察知したのはマリデの姿と、目の前の白髪の男だった。その男は白いローブをまとい、長身痩躯で、目は自身の長い白髪で隠れていた。
「何者だい?君は?」
ドンキホーテの疑問を代弁するかのようにマリデが、白髪の男に喋りかける。
白髪の男は、その疑問に答えるように言った。
「私の名は、ライジェル、元ソール国の王さ、マリデ・ヴェルデ」
その言葉にドンキホーテは絶句した。事もあろうに、目の前の男は故人の名を名乗った。それもドンキホーテの、友人の名を。
「いや、こう呼んだ方がいいかな」とライジェルと名乗る男は続ける。
「勇者の1人、天蓋落としのヴァルデ」
「ヴァルデ」それは、女勇者コルナと旅を共にしたと言う。魔法使いの名前であった。
「その名で呼ばれるのは久しぶりだね」
マリデはそう答える。
「どう言うこった…!まずお前が、ライジェルの訳ねぇ!それからボス、あんたまさか!?」
「落ち着いてくれ、ドンキホーテは僕の事は後で話す今は目の前の男のことに集中してくれ!」
マリデの発言にドンキホーテは、「わ、わかった」と若干、戸惑いを残しつつも了承した。
「それで君が一体どういう魂胆で僕たちをここに呼んだんだい?あの転移魔法、二度も通用するような、策じゃないことぐらいわかっているだろう?」
マリデの問いに、ライジェルと名乗る男は、静かに答える。
「君たちに仲間にならないか、誘いに来たのさ…」
「何を言ってやがる」とドンキホーテは食ってかかった。
「俺は、仲間を裏切るつもりはねぇ!だいたい故人の名を騙るような奴を信用できっかよ!」
白髪の男は、にこりと笑った。その笑いの意味がドンキホーテには理解できず、不気味さを感じる。白髪の男は言う。
「そうか、すまない、君たちはまだ私の正体を信じていないというわけか…」
「当たり前だ――」
馬鹿野郎と続くはずだった、ドンキホーテの言葉に白髪の男は食い気味にかぶせる。
「精神交換事件…といえば分かるんじゃないか?」
ドンキホーテの血の気が引く、そんな、まさか、とドンキホーテの脳内に信じがたい、信じたくない、予想が頭の中に浮かび上がる。
今回の事件の黒幕はグレン卿でないとしたら、グレン卿を、動かせるほどの命令権を持つものは誰か?
そもそもグレン卿が動きやすくするために盤面を整えられるのは誰か?
そんなものはグレン卿と同じぐらいの権力を持つ貴族かもしくはーー
「私は精神を交換したライジェル王だ、といえばわかるかな?ドンキホーテ」
もしくは王しかいないだろう。
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