第102話 凶報

 港町セイド、ソール国にとって貴重な海産資源の取れる重要な場所として見なされるほか、観光の目的でも訪れる人々が多い。


「はあ…まさか船が必要だとはな」


 そんな華やかな観光町に、似つかわしくないため息が一つ、ドンキホーテの口から漏れ出る。

 目の前に広がるのは青い海、この先にグレン卿がいると言うのに、ある事情により足止めを食らっているのだ。


 それは数刻前のこと、エイダが海の先にアイラ達の気配を感じ取った時のことだ。

 さっそく海へと乗り出すために協力してくれる漁船を探しにいったのだが――


「なにぃ?船がだせないだって?」

「うん…」


 ドンキホーテはエイダの言葉を聞くとがっかりと肩を落とす。エイダの説明によるとどうやら使える船という船が漁に出て借りれるのは明日になるかもしれないということだった。


「クッソ…急いで旅の用品アレン先生と買ってきたのに無駄になっちまったな」

「だから言ったじゃろ、まだ船の手配もできてないのに、買う必要はないと」


 ドンキホーテのマントから顔を出したアレン先生はさっそくに説教を始めた。

 ドンキホーテは買ってきた干し魚でアレン先生を懐柔しようとしたが、逆にそれが彼女の逆鱗に触れる。


「ワシをそこら辺の安い猫と一緒にするでないわ!ていうかワシ人間だし!」

「悪かったよアレン先生!」


 その光景をみて、エイダは思わず吹き出した。



 そして現在、というわけでエイダ達一行は思わぬ足止めをくらい、1日ほどこの町に滞在することになったのだ。ドンキホーテは目の前に広がる海を見つめ黄昏る。


「ああ、綺麗な海だなぁ…こういう時は一つ歌でも作れそうな気分だぜ…」


 そんな呑気なことを、言いつつも内心は海の向こうにいるであろうグレン卿のことをドンキホーテは考えていた。

 エイダの説明によれば、アイラ達の気配はなにもないはずの海域で、ずっと止まっているらしい、それも距離はこのセイドからそう離れてはいないのだと。

 そこでこの滞在期間の暇つぶしがわりに、セイドの町人に何か妙なことはないか、聞いてみたところ謎の飛空挺がこの町の上空を飛んでいるのを目撃したらしい


「グレン卿がいるのは間違いねぇ…前みたいに、馬車に羽生やして飛んでいければいいが、その魔法を使えるボスはほとんど力を封印されて今や、ヘビだしなぁ」


 全く、いくら考えてもしょうがないというのに、ドンキホーテは考えずにはいられなかった。とにかく、明日にならなければグレン卿の元には行けない。

 そう自分に言い聞かせるようにしてドンキホーテは海辺から離れた。





「寂しくなるわね」


 アンはそうエイダに向かって言う、ここはセイドの町外れ、エイダと、マリデのほか二人の男女がアンの近くに立っていた。


「そうね…」


 エイダはそう言う。


「では、連れて行きます、ボス」


 男はヘビに向かってそう喋りかけるとヘビは頷く。


「今回の件の重要な参考人だ、是非、丁重に頼むよ」


 男女は頷き、アンを馬車に乗せる。二人の男女は黒い羊の構成員だった。

 アンはこれ以上共に動くことはできない、そこでセイドの町で、そこに滞在している黒い羊の構成員に依頼し事が終わるまで、黒い羊の本部に連行そこで、じっとしてもらうことにしたのだ。

 連れて行かれる、アンの背中にエイダは声をかけた。


「待って!」


 アンは振り返る。


「私、これからグレン卿を止める!」


 アンは微笑みながら返した。


「わかってるわよ」


 エイダはさらに続ける。


「でもだからって…あなたの夢見た、争いのない世界を否定するつもりはない!だからなんて言ったらいいかわかんないけど…」

「だから、わかっているわ」


 アンはエイダの言葉を遮る。


「あなたは優しい、そのあなたの優しさがどこまで通用するのか…遠くで楽しみにしてるわ」


 アンはそのまま馬車に乗り込む。

 遠く過ぎ去って行く馬車をエイダはじっと見つめていた。


「さあエイダくん、ドンキホーテ達と合流しよう」


 マリデのその言葉にエイダは頷き、セイドの町へと戻っていった。





「まて、ドンキホーテ!どこに行くつもりじゃ!」


 その頃セイド町内、アレン先生は一見好き勝手に歩き回っているように見える、ドンキホーテを追いかけていた。


「もうすぐエイダ達と合流する時間じゃぞ」


 ドンキホーテの肩に飛び乗り、制止しようした、だがドンキホーテはそんな事、おかまいなしに歩き続けアレン先生に言った。


「アレン先生、いいじゃあねぇか、まだこの街で調べたい事があんだよ、それにほら、なんか騒がしいと思わねえか?」


 アレン先生はドンキホーテに言われて初めて気がつく町の噴水のある広場で、たしかに何か町人達がざわついているのだ。


「行ってみようぜ、なあに少しだけさ」

「しょうがないのぅ」


 アレン先生はため息をつきつつ、ドンキホーテの提案に乗ることにした、アレン先生自体、このざわつきの原因に興味があったのだ。

 そうしてドンキホーテとアレン先生はざわついている広場に向かったのだった。





 それからしばらくたった後、エイダとマリデは約束の時間になっても現れない、ドンキホーテ達を心配していた。


「おかしいねぇ、もうそろそろ約束の時間なのだけど」


 マリデは辺りを見回す、エイダ達が待っている場所は今夜、泊まる宿屋の前である。ヘビが宿屋の前で辺りを見回している様子は側から見れば恐ろしいものだ。

 最悪、営業妨害にあたるのではないかとエイダは懸念していた、なにせマリデを連れている時、何度も町人に怖がられている。

 マリデの化けたヘビは全身真っ黒で体に黄色い縦のラインが2本平行に引いてあるのだ。どこからどう見ても毒ヘビにしか見えないので怖がられてもしょうがないだろう。


 しかしそんな懸念もドンキホーテ達が姿を見せると、掻き消えた、良かった、宿屋の店主に何か言われる前で、エイダはそう思った。

 だがエイダの安堵とは裏腹にどうにもドンキホーテの顔が曇っているようだ。

 近づいてくるドンキホーテに心配そうにエイダは聞く。


「お帰り、どうしたのドンキホーテ?」


 ドンキホーテは、エイダの顔を見ても曇らせた顔を、笑顔に綻ばせることはなかった。真剣な眼差しでドンキホーテは言う、信じられないことを。


「ソール国、国王が亡くなった」

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