第92話 開戦

 ドンキホーテは光に飲まれそのまま、長方形の広場へと押し流される。光はドンキホーテと共に、着脱し、半球状の爆発を発生させる。

 この光を放った張本人は自身に生えた立派な白い顎髭を撫でながら、アイラを見つめ言う。


「よくやったアイラ、おかげで1人減らすことができた」

「ありがとうございます、父上」


 アイラは感謝を述べる、自分にとって一番に信頼できる人物である、父に…グレン卿に向かって。

 グレン卿は何か呪文を唱えると、アイラの肩に手を置く。


「どうやら封印の魔法がかかっていたようだな、だがこれで大丈夫だ」

「父上、では…」

「ああ、作戦はアルから聞いているな?」

「はい、行ってまいります」


 アイラはそう言うと光の翼を広げ、ちょうどエイダと対峙していた、アルとともにエイダを挟み込むように、エイダの背後に陣取った。


 エイダは突如の轟音に驚き、爆発の方に目を向ける、一体何が起こったのだろうか、その疑問で頭がいっぱいになり、困惑が生じる。しかし目の前には敵が健在だ。

 エイダは自分自身に冷静になるように促し、辺りを見回した。

 何が起こったのか原因があるはずだ。


「チッ!挟み込まれたようじゃのう!」


 肩に乗っていたアレン先生の声にエイダは反応し、後ろを見回す。

 そこにいたのは、光の翼を生やしたアイラだ。封印の魔法で、力が出せない筈ではなかったのか。疑問がさらにエイダの頭を占領する。


「アイラ!?ドンキホーテを一体どうしたの?!」


 エイダは、アイラに対して困惑と共にそう聞いた。最悪の想像がエイダの頭の中に浮かび上がる。未だ光線による爆炎は晴れていない、もしかしたらその中に…見知った顔があるのではないかと。

 アイラの背後から声がした、憎たらしい老人の声が。


「殺したよ、ドンキホーテならばな」


 アイラの背後、柱の影の暗闇から男が顔を出す。


「グレン卿…」


 マリデはアルに目を配りながら、そう言った。冷静なマリデに対して、エイダは今にも怒りで冷静さを欠こうとしていた。


「嘘だ!ドンキホーテがやられるはず無いもの!」

「エイダ落ち着くのじゃ!その通りじゃドンキホーテが簡単にやられるはずがない!」


 アレン先生の制止により、エイダは一旦怒りを抑える。そして自分に言い聞かせた、そうだ落ち着けこれは罠だ、ハッタリなのだと。

 そんな、エイダを横目にグレン卿の口は止まらない。


「もう諦めろ、エイダ、数ではこちらが上だ」

「…どいうこと?」


 その気配にまず最初に気づいたのは、マリデだった。


「エイダ君…誰かいるようだ柱の影に」


 マリデの向いている方向に、エイダも視線を向ける。そこには確かに誰かの、気配がある。

 しかし遺跡自体が薄暗くよく見えない。

 グレン卿は指を鳴らした、すると遺跡に灯がともる。

 それは松明の火などではなく、不思議な光の光球がいくつも、空間に浮かび上がり照らしていたのだ。


「これは…魔法灯か」


 マリデが呟く、その魔法灯に照らされ、気配の人物が姿を現わす。

 長く波のある白い髪に、低い背、年齢は恐らく年齢はエイダよりも幼く、顔はまるで人形のような可憐さ持った少女がそこにいた。


「こんにちは、エイダお姉様、私はエール、よろしくね?」


 笑う少女、エール。その姿を見てエイダは一目でわかった、この少女は自分の姉妹なのだと。

 グレン卿は手を広げ、大仰に言った


「エイダ、喜べ、ここに兄妹が全員集まった…あとは邪魔者を排するだけだ…」


 その言葉に、エイダ達は身構える。最初に動いたのは世界を静止させる男アルだった、アルは光の翼を展開し、とてつもないスピードでエイダ達に襲いかかる。

 アルがまず狙ったのはエイダだった。エイダは不死、殺しても死なないが故に、殺す気でアルは電気を纏わせた貫手を放つ。

 だが、その腕はエイダに届く前にマリデの背中から生えた触手によって絡め取られる。マリデはそのまま地面にアルをたたきつけようとした。

 しかし寸前で邪魔が入る、マリデの触手は何者かによって断ち切られアルは地面に叩きつけられるも、威力が弱まったお陰で容易に受け身を取っていた。


「やはり、一筋縄ではいかないか」


 アルは言う。


「当たり前よ兄様」


 アルに対して、触手を切った張本人である、エールは半ば呆れ気味にそう言った。

 そんなエールの手は何か水晶のような物質で覆われていた、どうやらその水晶のような物質が剣の役割を果たしているようだ。


「そうか、切ったのは君か」


 マリデは、冷静を装ったが、内心は驚きで満ちていた。


 ――僕の触手を切れるとはね…


 今までマリデの触手は、見た目に反してかなりの硬度を誇っている。今までそう簡単に断ち切れるものではないとマリデは自負していた。


「エールどうだ?あの男は」


 アルはエールに向かって喋り始める。


「アイラ姉様の報告通りね、私の力と張り合えると言うことは、アビリティか、神の力を持ってる」


 ――鋭いな、それに報告通りだと?


 マリデは内心そう思いそのまま複数の触手を出しエイダを守るよう、触手をエイダの周りに漂わせた。


「こちらの、情報が筒抜けか!」


 アレン先生はアイラを睨む。するとアイラは笑う、甘かったわねとでと言いたげに。


「静観を気取るのはもうやめにしようかしら、父上、聖剣に触れます」

「よかろう」


 グレン卿は剣を抜く、アイラおもむろに刀身に触れる。するとアイラの手がぼんやりと光り、光の粒子がアイラの手の周りにまとわりつく。

 そしてなんと光の粒子がグレン卿の剣と瓜二つの剣を形成した。


「聖剣が二つじゃと!?」


 アレン先生は、目を見開いた。驚くアレン先生を横目にマリデは言う。


「グレン卿達は任せたよ」

「勿論じゃ!エイダ良いか、ワシの魔法に合わせろ!」

「わかった!先生!」


 2つ聖剣がそれぞれ掲げられ、振り下ろされた。聖剣は虚空を裂くしかし虚空を裂いた瞬間、光の刃が作られ、エイダ達にめがけ飛んできた。


「エイダ!」


 アレン先生は咄嗟に魔力の防御壁を、エイダもそれを瞬時に理解して、同じく防御壁を張った。


 防御壁に光の刃が衝突し爆炎が上がる。


 しかし、エイダ達には傷ひとつ付いていなかった。

 アレン先生は風魔法で爆炎を散らした、視界を確保するためである。

 爆炎を散らした先に見えた景色は、ただの石の柱が連なる遺跡の姿だけだった。グレン卿はどこか?


「上じゃ!」


 咄嗟にアレン先生はエイダと自分の体を風魔法で飛ばす。元いたところにはグレン卿の聖剣が突き刺さる。


「僕を忘れてはいないかな!」


 マリデは降りてきたグレン卿に向かって、触手を繰り出した。


「アル、エールやれ」


 グレン卿のその指示とともにアルがマリデの腹を貫き、エールが首をはね飛ばす。


「マリデさん!!」


 エイダは思わず叫ぶ。するとマリデの首がエイダの元にまで転がってきた。突如風魔法で飛ばされたため、体制を崩し尻餅をついていたエイダだったが。それを見てさらに腰を抜かす。

 そして次に、目にする光景のせいでさらに、腰を抜かすことになる。


「何をやっているんだエイダ君!立って体制を立て直すんだ!!」


 マリデの転がってきた首は大声でそう主張した、エイダはさらに腰を抜かすが、なんとかよろめきながらも立った。


「エイダ安心せい奴はあの程度では死なん、大体あいつは分身体、心配は無用じゃ」


 アレン先生はそう言い、さらに迫り来るグレン卿に対して魔法を詠唱し始める。


 ――アイラの奴はどこじゃ?!


「エイダ用心せい!アイラの姿が見えん!周囲を見張るのじゃ!そしていつでも魔法障壁を展開できるようにするんじゃ!」

「わかった!アレン先生!」


 エイダは頷き周囲を警戒するどこからきてもいいように。だがその時、突如エイダの足元の床に亀裂が走る。亀裂から光が走った。


「下から…!」


 気づいた時にはもう遅かったエイダの立っている地面は爆発した。幸い魔法障壁を、ギリギリで張ったので怪我は最小限に抑えられたものの、吹き飛ばされアレン先生と引き離されてしまった。


「くっ!エイダ!」


 アレン先生もまた、歴戦の勘からかギリギリで魔法障壁を貼りなんとか、怪我もなく耐えきれていた。エイダの側に駆けよろうとするアレン先生。

 しかしそれを止めるものがいた。


「私と遊ばないアレン先生?」


 アイラだ。光の粒子から作られた、恐らく模造品であろう聖剣を構えて立ちふさがる。


「地下から攻撃を仕掛けたのはお主か!」

「ふふ、良い芸でしょ?」


 エイダの元にはアレン先生の代わりにグレン卿が近づいていた。エイダが火球や電撃の魔法を放つも、グレン卿の聖剣の前にそれらの魔法は散っていった。


 ――まずいエイダが!


 アレン先生は焦り、エイダの元には向かおうとするも、模造の聖剣の光の刃で足止めを食らう。


「くっ!近寄らないで!」


 エイダの叫び声も、抵抗も虚しく、グレン卿はついに、エイダの首を掴んだその時。

 グレン卿の腕は、宙を舞った。


「ようグレン卿、さっきはどうも」

「貴様は…!」


 グレン卿は残った腕と聖剣で、斬撃を防ぐ。そしてその斬撃を放った男を見ると忌々しそうに舌打ちをした。


 エイダはその男の名を叫ぶ。


「ドンキホーテ!」

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