第16話:意外

 私は果ての地の開拓の陣頭指揮を執る事にしました。

 セラン皇太子殿下の愛に応えるためなどとは申しません。

 単に開拓事業が面白かったので、帰りたくなくなったのです。

 後宮に閉じこもって女に許された芸術で時間を潰すなど、思い出しても憂鬱になってしまいます。

 私は深層の令嬢ではなく、現場で働く女なのです。


「ユリア太妃殿下、一大事でございます!

 セラン皇太子殿下を刺客が襲ったそうでございます!」


 アナベル皇太子後宮総取締が血相を変えてやってきました。

 心臓を氷の手で握りしめられたような、冷たく鋭い痛みが私を襲いました。

 最初はその痛みで、その場に倒れそうになりました。

 精神力を総動員して踏みとどまりましたが、一向に痛みはひきませんでした。

 身体中から冷たい嫌な汗がドッと流れだしました。

 カチカチカチという音が耳に入って初めて、自分が激しく震えている事に気がつきましたが、止めようとしても止められません。


「申し訳ありません、落ち着いてくださいませ、ユリア太妃殿下。

 セラン皇太子殿下は襲われただけで御無事でございます。

 最初にそう申し上げるべきでございました。

 全て私の失敗でございます、この命を持って償わせていただきます。

 ですから、どうか、どうか、落ち着いてくださいませ」


 よかった、セラン皇太子殿下は御無事だった!

 そう思ったとたんに、心臓の痛みは何とか治まりましたが、震えが止まりません。

 このままではアナベル皇太子後宮総取締が自害してしまいます。

 それを思っただけで、また心臓が痛みだしました。

 このままでは、本当に心臓が止まってしまいます。


「自害したら、私も自害します」


 もっとちゃんと詳細な言葉で説明したかったけれど、震えでろくに話せません。

 できるだけ短い言葉で伝えましたが、何とか伝わったようです。

 決意に満ちていたアナベルの表情が、後悔の表情に変わりました。

 よかった、これで余計な重荷を背負わなくてすみます。

 アナベルが自害を思いとどまってくれれば、私が責任を感じて心労で死ぬ事はないでしょう。


「申し訳ありません、もうこれ以上ユリア太妃殿下に負担はお掛けしません。

 ですから、どうか、どうか、どうか、ご安心ください。

 大丈夫でございます、大丈夫でございますから、死なないでくださいませ!」


 企んでやったわけではありませんが、アナベルの忠誠を手に入れたようです。

 でも、私は、どうなってしまったのでしょうか?

 セラン皇太子殿下の事は、多少は好意を持っていると自覚していましたが、これほど愛していたという事でしょうか?

 でも、今はそんな事を考えている余裕はありません、もう限界です


「少し眠ります」

 

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