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 高三になった祐介は、理系クラスに編入されていた。基也は私立文系クラスだ。琴美が去り、綾子が去って、彼の学校生活は受験に向けた退屈で忙しい日々に埋め尽くされていた。教師も生徒も、全力で受験モードといった具合だ。もし琴美がまだ居たならば・・・ そう考えた祐介であったが、きっと彼女は、基也と同じ私立文系クラスか国公立文系クラスに ――琴美の父は、彼女に医者になって欲しかったらしいが―― 行っていたはずだ。以前の様に、振り返ればそこに居る、という状況ではなかっただろう。そう思うと、琴美がこの学校を去ったことも、祐介にはそれほど大きな影響を与えてはいないのかもしれないと思えた。

 教壇では、このクラスの担任である高原が、受験に向けた注意事項について喋っていた。高原はクラスの大半の生徒を国立理系の大学に入学させるという実績が買われ、いつも理系クラスの担任を任されている。

 「・・・ということで、今週中に志望校のリストを、各自提出すること」

 「ほぉーぃ」殆どが男子生徒である理系クラスだ。返事も男臭くて、可愛げが無い。祐介は、今年の夏休みも山には登れないな、と思った。夏休みは受験勉強の追い込みだ。


 ふと窓の外を見ると、澄み渡った空に呑気なクジラが見えた。入道雲から切り離された、真っ白なクジラがのんびりと青空を泳いでいる。その後ろに小さな雲が続いていたが、それは小クジラと呼ぶには、あまりにも形が違いすぎた。その親子のようなクジラ雲を見て、去年の夏休みが思い出された。琴美の声が今でもハッキリと聞こえた。


 『祐介! 私、触ったよ! クジラに触ったよ! クジラに触ったんだよ!』


 「おい並木、何一人で笑ってるんだ?」高原の声だった。

 祐介は自分が笑っていることに、初めて気が付いた。不格好な小クジラは、遅れまいと母クジラに追いすがるように泳いで行った。

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