第四章:大学受験

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 職員室に有る綾子の机の上は、綺麗に片付いていた。普段であれば、採点中の答案用紙の束や、次の授業で使う資料などで乱雑に散らかっているのだが。机の中の私物も殆どが処分されていた。その伽藍洞の様な机を前にし、綾子は片肘をついてぼんやりとしていた。大学を卒業して以来、働いてきたこの職場が何とも遠い存在のように感じる綾子であった。実家の両親に、なんと言い訳しようか。そんなことを考えているところに教頭がやって来た。

 「青木先生。今ならまだ間に合います。考え直して貰えませんか?」

 夢想を断ち切られ、綾子は面倒くさそうに椅子を回すと、教頭の顔を見上げた。その後ろには、腰巾着の様な尾鳥の姿も見えた。

 「いいえ、決意は変わりません」

 目上の人に対する最低限の礼儀を失わずに答えることが、こんなにも煩わしいことだと、綾子は痛感していた。それでも校長は続けた。

 「もし学年主任の話がお気に召さないのであれば、いままで通りの担任教諭として・・・」

 教頭の話を最後まで聞くことも無く、綾子は言い放った。

 「ご配慮、感謝いたします。でも、それは関係ありません」

 その後に「ただ、もうあなた達と一緒に、ここで働きたくないだけですから」と続けようかと思ったが、二人に対して僅かばかり残っている社会人としての礼節が、その言葉を飲み込ませた。

 その時、教頭と尾鳥の隙間から見える窓の向こうに、駐輪場へと向かう琴美の姿が見えた。両手に荷物を抱え、一人でトボトボと歩いている後姿であった。「チョッとすいません」という言葉を残し、綾子は職員室を飛び出していった。その背中に、教頭が名残惜しそうに声を掛けた。

 「あっ、青木先生!」

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