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 娘の怪我の一報を受けて、篠崎晋三が飛んで来たことは予想通りであった。ましてや、加害者があの憎き山下の娘とあっては、晋三の怒りが収まる鞘など有るはずもなかった。必要以上に包帯を巻き付け、怪我の大きさを誇示した状態の佳澄を引き連れて、晋三が再び学校を訪れた時、校長を頭ごなしに怒鳴りつける声が職員室中に響き渡った。

 「いったい、どういうことになっているんだっ!」

 学校側は、ただひたすら謝罪を繰り返し、晋三の怒りが収まるのを待つしかなかった。

 「申し訳ございません。ただ今、担任を通して調査中でして・・・」

 「調査? そんなもんは必要無いっ! さっさと、その不良生徒を連れてきて、佳澄の前で謝罪させろっ! さもなくば、こちらもそれなりの対応を取らせてもらうからなっ!」

 晋三の怒りを鎮めるためには、生贄が必要なのは言うまでもない。晋三の突き付ける「琴美の退学」という条件に対し、学校側はなんとか「転校」という線で折れては貰えないかと頭を下げた。「退学」となれば、それはそれで学校側の傷となる。それよりは、実質的に退学であっても、あくまでも本人の意思による「転校」として処置したいという意向であった。

 更に言えば、万が一、山下側が反撃を始めて事が公になったりすれば、佳澄のやって来たイジメの実態が明らかとなり、逆に篠崎側が追い詰められることになると学校は予測していた。つまり学校側は、イジメの存在を認識していながら放置していたことになる。そんな簡単なカラクリすら判らない晋三が目先の怒りに目が眩み、琴美を退学させろと大騒ぎしているのは、学校としては迷惑この上ない話なのであったが、金子純一郎の弟ということでぞんざいには扱えないのが悩みの種でもあった。


 元々、金子一族と作星学院を繋ぐパイプは太い。怒鳴り散らかして自分の力を誇示し尽くした晋三は、そのうちに怒りも収まり、いつしかいつものようなドロドロした者同士の馴れ合いのような話に移行していった。決め手は綾子であった。佳澄も琴美も綾子の教え子である。もしここで琴美の退学と言う形で決着が付いてしまうと、綾子の教員としてのキャリアに傷が付くという、有りそうな話を匂わせて晋三の譲歩を引き出すことに成功した。晋三にしてみれば、綾子の手前という言い訳を与えられたことによって、振り上げた拳の置き場が出来たことになる。最後には「綾子の顔に免じて」などという、本人の居ない所での意味不明な合意を拠り所に、篠崎家と学校の折り合いが付いたのであった。

 処分は「琴美に対する転校勧告」という、あまり聞きなれないものである。この処分が議論されている間、佳澄が行ってきたイジメの実態が取りだたされることも無く、その存在は黙殺された。この私立作星学院には、イジメなどという行為は存在しないのであった。

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