第三章:SNS

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 学生の様な夏休みが教師にも有るわけはなく、夏休み中も何だかんだと学校に来ていた綾子であったが、やはり休み明けの新学期には、それなりにフレッシュな気持ちになるのが不思議な感じがした。しかし、「おはようございます」と言って職員室のドアを開けた綾子を待ち受けていたのは、フレッシュだとか新鮮だとかいう単語とは何の共通項も見出すことが出来ない尾鳥の顔であった。春に生徒たちと共に学年を繰り上がり、今年も二年生の学年主任を務めている尾鳥は、朝から気分の悪くなる口臭をまき散らしながら言った。

 「青木先生、問題が発生しました」


 例によって教頭の部屋に連れ込まれた綾子に、尾鳥がスマホを差し出した。

 「これを見て頂けますか、青木先生」

 ディスプレイは脂でギトギトしており出来れば触りたくない代物であったが、綾子は仕方なくそれを手に取った。そこに写っていたのは若者たちを写した写真であった。海水浴での記念撮影だろうか。いや、船の上の様だ。皆、健康そうに日に焼けて、笑った口元からこぼれる白い歯が輝いていた。ただ、綾子にはそれが誰を写したものか判らなかった。

 「これは・・・」そう言いかける綾子に尾鳥が言った。

 「生徒たちの間でSNSを通して拡散されている写真です。小笠原のダイビングショップのWEBページに掲載されたいたものらしいのですが・・・ そこに、青木先生のところの生徒が二名写っています」

 そう言って尾鳥は、その嫌らしい顔を綾子に向けた。

 「この男女生徒は、二人で外泊したものと考えるべきでしょう」

 そう言われて綾子は、眉間に皺が寄るのを抑えることが出来なかった。再びそのスマホを顔に近づけ、より注意深く写真を観察した。今は脂ぎったスマホが気にならなかった。そして発見した。祐介と琴美だ。ファスナーを開いたウェットスーツを腰まで下ろし、驚いた様な表情で何処かを見ている。祐介のスーツは黄緑と黒のツートーンで、琴美のはピンクと黒のツートーン。それらは二人にとても似合っていた。上半身が裸の祐介に対し、琴美は花柄がプリントされた生地に、リボンのアクセントが可愛らしいビキニを身に付けていた。琴美は右手で前方を指さし、その左手は祐介の肩に添えられている。祐介の方はガッツポーズで何やら叫び声を上げているようだ。

 そこには、はち切れそうな若さの躍動が閉じ込められていて、写真を通して見たとしても、その輝きがいかほども損なわれることは無いようであった。一枚の写真という、その小さくて四角い窓のフレームから覗き見る彼らの世界に、綾子の手は届かない。彼女の住むこちら側は彼らのものとは異質で、腐臭漂う淀んだ空気に支配された世界であった。

 そうか、二人は実行に移したのか。遂に夢を叶えたのか。クジラを見たいのだと、いつか言っていた。綾子は咄嗟に答えた。

 「あぁ、あの時の写真ですか」

 「へっ?」

 尾鳥が阿呆の様な顔をした。教頭も然り。

 「これは私たちがクジラを見に行った時の写真です。二人の後ろに、女性の首から下が映ってますよね? それ、私です」

 「はぁ?」

 益々愚か者の顔に磨きをかけて、尾鳥がスマホを取り返し、しげしげと見入った。祐介と琴美の後ろには、確かに黄色いビキニを着た女性の首から下だけが写り込んでいた。それと綾子を交互に見比べながら、尾鳥は間抜けな顔を上下させた。

 「夏休み前に、並木君たちにお願いされてホエール・ダイビング ――綾子は、そんな言葉が有るのかどうかも知らないが―― に引率者として付き添って貰えないかと・・・ 嫌ですわ、尾鳥先生。私の水着姿をそんなにジロジロ見ないで下さい」

 綾子がわざとらしく恥じらう素振りを交えると、尾鳥は我に返って、薄っぺらな威厳らしきものを取り戻し、咳払いで胡麻化した。

 「ゴホ、ゴホッ・・・ いや、そういうことでしたら全く問題有りません。ですよね、教頭?」

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