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進次郎の脇の下に入り、右肩に頭を乗せるように寄り添った綾子は、その逞しい胸を左手で弄んでいた。時々、進次郎は思い出したように顔を傾け、綾子の唇を求めた。綾子もその求めを受け入れ、首を伸ばすようにして進次郎の唇を受け止めた。先ほどから二人は、ベッドの中でそうやって情事の余韻に浸っていた。綾子は進次郎に抱かれている時の感覚を全身で反芻し、時折沸き上がる感情の昂ぶりに併せ、進次郎にきつく抱き着き、そしてその胸に唇を押し付けた。
佳澄の存在は、綾子にとって煩わしい種ではあったが、進次郎と二人きりでいる時は、彼女のことを忘れることができた。自分だって女だ。時には男の肌が恋しくなる。こうして進次郎の腕に抱かれている時だけ、綾子は自分自身を見つめることが出来る。普段、学校の職務で忙殺されている時には考えが及ばない領域にまで、綾子は自分の心を泳がせることができた。
そうやって自己の心の中を深い所にまで潜り込み、自分自身を開放して自由に遊ばせている時に、その違和感の存在を認識した。否応無しに押し寄せてくる波に揉まれている時には気付けない、決して動かすことのできない堅牢な大岩のような何かが、綾子の心の奥底に控えているのだった。
「何だろう?」
綾子はその大岩に手を添えてみたが、その正体を知ることはできなかった。代わりに遠くの方から、おそらく綾子が自分を沈めている、自身の内宇宙の外側からの声が聞こえた。進次郎だった。綾子はそこから出たくはなかった。ずっとそこに沈んでいたかった。だが、しきりに問いかける外からの声に応じざるを得ず、そちらに向かって泳ぎ上がった。
そうして綾子が水面に顔を出し、息継ぎをするように目を開けると、そこには進次郎の顔があった。
「眠っちゃった?」
進次郎の問いかけに、綾子は答えた。
「ううん、ちょっとボーッとしてただけ」
すると進次郎はニコリと微笑み、枕元のバッグの中から何かを取り出した。
「こういう風に渡す物じゃないのかもしれないんだけど・・・」
そう言って進次郎が取り出したのは、ブランドのロゴが入った、コーデュロイ素材の小箱であった。綾子はそれを受け取り、そっと箱を開けてみた。指輪であった。
それを見た瞬間、綾子の全身に衝撃が走った。今まで目を背けてきたものの正体が、殻を破って躍り出たかのように明らかとなったのだ。心の底に沈んでいた、あの大岩の正体だ。あれこそが、自分の本心なのだ。自分は、進次郎の妻となることを望んではいない。この一族の一員となることを、綾子は心の底から拒否していた。綾子の全身全霊が、それを拒絶していた。
「ちょ、ちょっと時間を頂戴・・・」
そう言って指輪を返すことが、その時の綾子にできる精一杯の抵抗であった。
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