第二章:指輪

1

 進次郎に呼び出された綾子は、借りてきた猫のようにかしこまっていた。いつもなら宇都宮のレストランなどで食事をするのだが、今日に限って東京に有る有名ホテルのレストランだ。しかも二人以外に同席者がいた。

 綾子の右隣には進次郎がいた。いつもであれば二人席に向かい合って座るのに。綾子の向かいの席には、あの金子純一郎。その隣には、何故か篠崎佳澄がチョコんと座り、物珍しそうに店内を見回していた。

 「お父さん、今日は忙しいところ申し訳ありません。佳澄ちゃんもわざわざ有難うね」

 そう切り出した進次郎に、まず佳澄が答えた。

 「ううん、全っ然大丈夫! 久し振りに叔父様にも会えるし、進次郎くんのお誘いなんだから、絶対来るっしょ! って言うかこの店、こんな格好で大丈夫だったかな?」

 その質問に答えたのは純一郎であった。

 「はっはっは、相変わらず元気がいいね。大丈夫だよ、佳澄ちゃん。その姿は、もう一端のレディだよ」

 「まぁ、叔父様ったら」

 普段の教室とは異なり、歳不相応なシナを作って笑う佳澄に呆れる綾子であった。先のパーティーで酔っ払い、進次郎と深い仲になった際の経緯を佳澄が知っていると思うと、やりきれなかった。いやそれどころか、あの夜のベッドでの営みすら彼女に知られていると考えると、胸糞が悪くなる思いだ。二人がどんな体位で繋がったのか、私が何度イったのか、その時に私がどんな声を出したのか、それら全てを佳澄は聞かされている。いやひょっとしたら、純一郎にも話が通っているのかもしれない。そう思うと背筋が凍るような感覚に見舞われ、ブルリと身体が震える綾子であった。


 次々と運ばれてくるこじんまりと盛り付けられた、それでいて豪勢なコース料理に、綾子以外の面子は舌鼓を打った。綾子は、それがとてつもなくお洒落で高級な料理であることは理解できたが、こんな状況では何を食べても味なんかしない。一方、佳澄は一皿毎に大袈裟な感嘆の声を上げ、全てをスマホで写真に納めた。SNSにアップロードするらしい。その辺は普通の女子高生のようであったが、悔しいことに食事をする際のテーブルマナーなどは堂に行ったもので、若いながらも場数を踏んだ上流社会の一員としての風格すら感じさせた。綾子には到底真似の出来ない所作だ。それを見せつけるように、佳澄が故意に振舞っている意図を綾子は感じた。この一族での序列は、あくまでも自分が上位で、綾子は新参者であることを思い知らせようとしているのであろう。これがマウンティングというものか。綾子はむしろ、珍しいものを見るような気分にさせられた。


 食事は、何ということもない話題で適度に盛り上がり、綾子は愛想笑いで場を繋いだ。「キャッキャ」と屈託なく笑う佳澄と、おどけてオヤジ役を買って出る純一郎が場をリードした。その合間をぬって進次郎が綾子の耳元で囁いた。上階の一室を抑えてあると。

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