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 「実際にクジラを見に行く時は前もって連絡するんだよ。アリバイ工作に協力する方にだって、それなりの準備ってものが有るんだからね」

 そう言ってくれた詩織に、琴美はしっかりと抱き付いた。そして暫く、そのままジッとしていた。最初、詩織は「どうしたの? 変な子ね」などと言っていたが、そのうち詩織の方からも強く琴美を抱き締めた。自分より背の低い妹の頭に、頬を押し付けながら言った。

 「辛いことが有ったら、祐介君に助けて貰いなさい」

 「うん・・・」

 二人は、また一しきり抱き合ってから別れを告げた。

 別れ際、詩織は祐介に右手を差し出した。祐介はそれを握り返した。

 「琴美をお願いね」

 「判りました」


 赤いPOLOが、仙台駅前のロータリーを回って去っていった。その際、ウインドウ越しに詩織が手を振るのが見えた。琴美は詩織に向かって大きく手を振り、祐介は行儀よく一礼した。その後二人は、東北新幹線上り方面のホームでベンチに腰かけ、次のやまびこが仙台駅に入って来るのを待った。二人の健康的な肌は、来た時よりも更に日に焼けている。合計6日間に及ぶダイビング講習を終え、首尾良くCカードを取得した琴美は上機嫌だ。しかし祐介は、詩織との会話を思い出し、栃木に戻ることへの抵抗を感じないではいられなかった。学校に戻れば、佳澄や綾子が居る。また彼女たちに、どんな酷い仕打ちをされるか判らない。琴美の父、勲との不和も解決されているわけではない。琴美が父親や彼女たちに傷付けられる姿を見たくはなかった。

 「やっぱり小笠原諸島かなぁ」

 「えっ、うん。あぁ、そうだね」

 「何、その上の空感? 何か嫌な感じー。まさかお姉ちゃんに惚れちゃったんじゃないでしょうねっ?」

 「んなわけねーだろ、ばーか」

 「残りの春休みはバイトに費やして、ゴールデンウィークもバイトかな」それでも琴美は楽しそうだった。ワクワクが止まらないといった風情だ。

 「小笠原って、幾らくらいかかるんだろう?」これ以上、沈んだ雰囲気を続けても仕方ない。祐介は声のトーンを上げた。

 「それも調べておくよ。ホエール・ウォッチングをやってるショップが、スクーバもやってるみたいなんだ」

 「おぉー、いよいよクジラとのご対面だな!」

 「えへへーっ。そうなのだ!」ピースサインをする琴美の日に焼けた顔から、真っ白な歯が覗いた。祐介は、なんとしてもこの笑顔を守りたいと思った。

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