第五章:詩織
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「お姉ちゃーん!」
「琴美ーっ!」
仙台駅の北口改札を出た所で、久し振りに再会した姉妹はお互いの手を取り合い、訳も無くはしゃいだ。
詩織は7歳年上の琴美の姉であった。高校卒業後、仙台市内にある聖愛女子医大に進学し、現在はインターンとして大学病院に勤務しつつ、学位の取得を目指している。専門は眼科で、いずれは栃木に戻り、父の経営する山下総合病院に、新たに眼科を新設することが決まっていた。琴美と異なるそのシュッとした顔立ちは美人の範疇であると言えたが、若干、陰のある表情が男にとっては近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。詩織にしてみれば、それは故意に狙ったものではないものの、世の男どもが勝手に誤解して彼女の領域にズカズカと入り込んで来ない状況を、むしろ歓迎してるようであった。
「あんた、日に焼けたわねーっ! なんか、野生児みたいよ」
「うるさいなぁ。お姉ちゃんこそ、ちょっと太ったんじゃない」
「それを言うか? 君はそれを言っちゃうのか? 姉の心を慮って、もっと優しい言い方は出来んのか、んん?」
楽し気な様子のまま振り返ると、琴美は姉に祐介を紹介した。
「彼が並木祐介くん。んで、こっちが姉の・・・」
「詩織でーす。二十歳でーす。よろしく」
そう言って詩織は右手を差し出した。大人の女性の見え透いたジョークに、どう対応していいのか判らず、祐介は「ど、どうも」と言って、その手を握り返すことしかできなかった。こういった状況で気の利いた返しが出来る基也の様な性格を、祐介はこの時ほど羨ましいと思ったことは無かった。
「私の彼氏をたぶらかすんじゃないっ! 二十歳なわけねーだろーがっ!」
琴美がツッコミを入れた。自分のことを普通に『彼氏』と紹介されて、祐介はくすぐったい様なこっぱずかしい様な気分であった。多分、LINEとかで、自分のことは色々と情報が流れているのだろう。おそらく、ほぼリアルタイムで。祐介は思わず赤面した。詩織は駅ビルの地下に向かって歩き出しながら、二人に言った。
「地下駐車場に車が有るから、積もる話は後でね」
「で、何何? ダイビングのライセンスだって?」
地下駐車場から地上に滑り出た赤いPOLOが、最初の信号機で停車したのを機に話が始まった。
「以前、そんなことをメッセに書いてたけど、本当にライセンス取得するんだ?」
「うん、バイトでお金が貯まったから、この春休みに取っちゃおうと思って」助手席の琴美は答えた。
祐介は一人で後部座席に座り、宇都宮よりも大きな街、仙台の風景が車窓を流れるのを眺めていた。遅ればせながら、この仙台にも到着した北国の春は、既にその役目を終え、更に北の街へと旅立っていった後の様だ。もう、冬の名残は、何処にも見出すことは出来なかった。
「茅ケ崎だか湘南だかで取るって言ってなかったっけ?」
「う~ん。よくよく考えたらね、講習は何日もかかるの。泊りで受けるわけにもいかないし、かといって電車で通うと、お金も時間も大変でしょ?」
「んで、私の部屋に転がり込んで、宿代浮かせて通っちゃおうってわけね?」ステアリングを切りながら詩織は聞いた。
「さずがお姉さま。そゆことです」
「仙台でも受けられるんだ、そういうのって?」
「うん。こういう大きな街ならダイビング人口も多いから、かえって選択肢が広がったよ。海も近いし」
「なるほどね・・・ で、親には何て言って来たの?」と、視線で後部座席を指し、祐介のことを暗に聞いた。祐介は見慣れぬ都会の風景に見入るのに忙しく、自分のことが話題に上っていることにすら気付いていなかった。
「それは言ってない。でも、お姉ちゃんの所に泊まって、ライセンス講習受けることは正直に伝えてあるよ」
「オッケー。状況は把握した。可愛い妹の為に、『アリバイ工作』に協力しようじゃないの!」
「だから親には言って来たって言ってるでしょ!」
「じゃぁ『口裏合わせ』とでも言えばいいかしら?」
「はい・・・ お願いします・・・」
そして二人はゲラゲラ大笑いした。歳は結構離れているが、仲の良さそうな姉妹であった。詩織がステアリングを左に切り、国道から外れたところで言った。
「じゃぁ、とりあえず晩メシ食おう! 肉だ、肉! 祐介君、牛タン好き?」
「わーっ! 私、牛タン大好きーっ!」
「オマエにゃ聞いとらんっ!」
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