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時を同じくして、並木家でも同じ話題が取り上げられていた。
テレビを見ながら夜ご飯を食べている時であった。お笑い芸人の捨て身のロケを見ながら泰文がゲラゲラと笑っている時に、優子が泰文の脇を突いた。何か訳アリな様子だ。
「ん? 何? あっ、そうか」
優子から前もって何かを聞かされていたらしい泰文が、思い出したように言った。泰文の方から祐介に言うように、優子からお願いされていたのだろう。
「そー言や学校から連絡が有ったぞ。お前、バイトしてたのがバレたんだってな?」
バイトしていたことではなく、それがバレたことを問題視しているような言い方に、優子が一層強く脇を突いた。祐介は「やっぱり来たか」と思った。
「ダイビングのライセンスを取ろうと思ってるんだよ」
「ダイビング?」
バイトしていることは薄々感付いていたかもしれないが、ダイビングの件は話していなかった。泰文も優子も、意外な言葉に目を丸くした。
「何だ? 山やめて海にするのか?」
「山やめるつもりは無いよ」
「ふぅ~ん」
泰文は探るような眼をした。こういう時の父は、怖いほど感が働く。
「琴美ちゃんも一緒か?」
「うん・・・」
それきり黙り込んだ泰文は、なおもジッと祐介を見ていた。この視線は怖い。何かを見透かしているような視線だ。祐介と琴美が抱える「何か」に感付いているような気がした。そもそも泰文は、バイトのことなどどうでも良いという考えの持ち主だった。むしろ、校則に逆らうくらいのバイタリティが無い方を問題にするタイプなのだから。その陰に隠された「何か」の匂いを嗅ぎつけて、今、祐介を問い質しているのだ。
更に沈黙する父の無言の圧力が「それで?」と先を促していた。その圧力に押され、祐介は少しずつ学校での出来事を話し始めた。
全てを話し終えた時、泰文は言った。
「そっか。琴美ちゃん、そんなことになってるのか・・・」
「親父はさぁ、教師ってどう思ってる?」
泰文は言い難そうに答えた。
「俺は、教師は信用しない。兄貴と義姉さんが二人とも教師だから、声に出して言ったことはないけどね」
祐介は堪らず聞いた。
「なんで信用してないの? 何かされたの?」
「俺が高校生の時、三年間ずぅーっとパワハラし続けてきた教師が居たのさ。入学して最初の授業に少し遅れたら、それ以来、卒業するまで俺をイジメ続けやがった。みんなの前で恥かかせたり、嫌なことをわざとやらせたり」
泰文にそんな過去が有ったなんて、初耳であった。祐介の質問に対し、考える時間も使わずスラスラと答えたということは、その件が今でも父の心に重く、はっきりと刻み付けられているからなのだろう。 「だから、俺が大学に行く時、お袋が『教員になれ』とか『教職課程を採れ』とか言ってきたけど、俺は絶対に教員になんてならないと心の中で誓っていたんだ」
そんな過去を背負いながら、冗談を飛ばしてい家族を笑わせている父の姿は、ある意味凄いことなのかもしれないと思えた。普通だったら、心がねじくれた人間になってしまうのではないだろうか? 琴美がイジメに遭っていることを知るまで、考えたことも無いことだった。
「まっ、全ての教師がそうだというわけではないけどね。ただ、俺の教師嫌いはそこから始まっている」
たまらず優子が口を挟んだ。
「お父さん! そういう話じゃなくて、バイトの話よ!」
「あぁ、そうかそうか。『祐介、学生の間は校則の範囲内で行動しなさい』これでいいか?」
殆ど棒読みの台詞だった。いや、棒読みと言うより、出来の悪いロボットのような言い方だ。優子が呆れて席を立ち、台所へと消えて行った。泰文はニヤニヤしながら続けた。祐介も笑った。
「クジラを見た後は、例の木に会いに行くんだろ、二人で?」
「うん、まぁ、そうなるのかな・・・」
泰文は更に声を潜めて続けた。何故、声を潜める必要が有るのか、祐介には判らなかったが。
「その時にさぁ、琴美ちゃんに釣りを教えろよ」
祐介は思わず大声を上げた。
「えぇ~、釣りぃ~? やるわけないじゃん、そんなの~」
「判んないだろ? フライフィッシングなんだからミミズ使うわけじゃないんだし」既に泰文も大声で話していた。
「無い無い。そういうタイプじゃないから、琴美は」
「大丈夫だって。一回、教えてみろって」
いつの間にか、いつもの並木家の雰囲気に戻っていた。優子も台所からいつもの笑顔を送っていた。
「自分が琴美と釣りしたいだけじゃん!」
「お前、ちょっとは親孝行しようとは思わんのかっ!?」
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