第三章:夢の館

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 綾子が再び進次郎に呼び出されたのは三日後のことであった。いつもの様に運転手付きの高級車で迎えに来た進次郎は、綾子と二人で後部座席に座ると直ぐに話を切り出した。

 「平日の夜に呼び出したりして申し訳ありません。あまり時間が無いものですから」

 そう陳謝する進次郎であったが、例によって話の見えない綾子は 「はぁ」と答えることしかできなかった。

 「今週の土曜日、開けておいて貰えませんか?」

 「土曜ですか? はい、大丈夫だと思います」

 確か今週末は、顧問のサークル活動も無いはずだ。進次郎と付き合い始めるまでは、綾子は特にすることも無い週末を過ごすことが多かったのだ。予定など有るはずも無い。それより、そういった約束を取り付けるだけであれば、電話やメールで事足りるはずである。何故わざわざ、直接逢って話をする必要が有ったのだろう?

 「良かった! チョッとしたパーティが有りましてね。私がアテンドしますので、綾子さんに同伴願いたいのです」

 「パ・・・ パーティですか?」綾子の声がひっくり返った。

 「はい。父、純一郎のパーティが宇都宮で開催されるのですが、私も出席しなければならないのですよ」

 いわゆる政治資金パーティと言われる奴だ。そのお題は『公産党、 金子純一郎君を励ます会』らしい。テレビのニュースなどで耳にすることは有るが、こんな胡散臭いパーティが本当に行われているなんて、綾子にとっては一種の驚きであった。

 「そこで是非、皆さんに綾子さんを紹介させて下さい。紹介と言っても、相手は地元企業のお偉いさんばっかり。つまりオヤジばっかりですので、そんな堅苦しく考えなくても大丈夫です」

 どう考えても気の乗らない話であった。また、そこで紹介されるということが、いったいどんな意味を持つのか、あるいは持たないのかも綾子には判らなかった。

 「私・・・ 困ります。そんな席に着て行くような服、持ってませんし・・・」

 進次郎の顔がパッと明るくなった。「待ってました」という言葉が聞こえてきそうだった。

 「じゃぁ、今から買いに行きましょう!」

 やっと判った。綾子がそんなお上品な服など持っていないことを、彼は見抜いていたのだ。だからこそ、わざわざやって来て、直接逢おうとしたのだ。よくよく考えてみたら、車は最初からその店に向かって走っているようではないか。綾子は自分が辱めを受けているような気もしたし、惨めな感情が湧かないことも無かったのだが、こういった進次郎の強引さも、今ではあまり気にならなくなっている自分にも気付くのだった。

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