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「ちゃんと送ってあげるのよ!」
母の言葉を無視して行こうとしたが、琴美はご丁寧な挨拶を始めた。
「おじさん、おばさん、ご馳走様でした。すっごく楽しかったです!」
「あらそう? またいつでも遊びに来て頂戴ね」
息子一人のむさ苦しい家庭である。母は琴美という娘のような存在が嬉しかったのかもしれないと祐介は思った。
「ウチのバカ息子をよろしくお願いします」と泰文がおどけた。
琴美がそれに乗っかる。
「はぃっ! 任せて下さい! シュタッ!」
琴美は気を付けの姿勢で敬礼した。いつまでも終わりそうになかったので、祐介は声を張り上げた。
「じゃぁ送ってくるから!」
しつこく手を振る優子へ、しつこく手を振り返す琴美にウンザリしながら祐介は言った。
「もういいよ。今生の別れじゃあるまいし」
振り返って祐介と一緒に歩き始めた琴美が言った。
「楽しかったぁ。ありがとうね」
「うん」
祐介は照れ臭そうに答えた。そして何気なく後ろを見ると、泰文が万歳三唱をしている姿が遠くに見えた。祐介はそれを無視することにした。琴美は気づいていないようだ。
「並木君のお父さんて、すっごく面白い人なんだね」
「そうかぁ?」
そう答えながらも祐介は、実はその点は同感だった。息子とは父親を超えて行くものであるが、こと笑いのセンスに関しては、自分が父を超えられるとはどうしても思えなかった。そしてもう一度振り返ると、今度は泰文がムーンウォークをしていた。祐介は今度もそれを見なかったことにして、また歩き出した。琴美がバカ親父に気付かないよう、少しだけ歩くスピードを上げた。
祐介は自転車を押しながら歩いた。その左側を琴美が歩いた。暫く沈黙が続いた。二人の足音以外には、自転車のベアリングが上げる、チチチチチという微かな音と、草むらに潜むコオロギの声しか聞こえなかった。空に浮かぶ月は半月で、決して明るい訳ではなかったが、暗闇に慣れた目にはお互いの表情がハッキリと見て取れた。時折、車道を車が通り過ぎる度に二人の影は大きく振られ、道脇の田んぼでメトロノームの様に揺れた。祐介がその沈黙を破った。
「逢わせてあげてもいいよ」
「えっ?」
「マザー・ツリーに」
「ホント?」
琴美がクリクリした目で祐介を見つめた。
「ホント。その代わり条件が有る」
「条件って?」
「俺をクジラと一緒に泳がせること」
琴美の表情に花が咲いた。
「その条件、聞きとどけた!」
そう言うと琴美は駆けだした。
「おぃ、ちょっと」
「もうそこだから。ありがとね」
この先の角を曲がったところに、例の大病院がそびえていることに今気付いた祐介であった。「じゃぁな」と言うと、琴美が手を振りながら言った。
「今の話、忘れんなよーっ! 約束だぞーっ!」
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