第三章:並木家

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 祐介は自室のベッドに寝転がり、脚を組んだ姿勢で琴美に借りたダイビング・マガジンを読んでいた。そこには、色とりどりの熱帯魚が、サンゴ礁の合間で泳ぐ姿が有った。祐介は、自分がそういったサンゴ礁の間をぬって泳ぐ姿を想像してみた。「きっと気持ちいだろうなぁ」そう言ってウンと伸びをした。その時、雑誌の記事に出ている、見慣れない文字が目に付いた。

 「このBCDってのは何なんだ?」

 雑誌から目を離さずそう言うと、床のローテーブルで別の雑誌を読んでいた琴美が答えた。

 「それは浮力調整装置のことだよ。色んなタイプが有るけど、今はショルダーベルトタイプが主流かな。水中で簡単に中層に浮くことが出来るから、無重力みたいな感じになるんだって」

 「へぇ~、やっぱ海に潜るとなると、色々装備が必要なんだな」

 琴美は読んでいた雑誌をパタンと閉じて言った。

 「そりゃそうだよ。だって危険と隣り合わせだもん。適切な機器を適切に使わなきゃ事故になっちゃうよ」

 その時、部屋のドアが開いて祐介の母、優子が顔を出した。普段なら、祐介の部屋にコーヒーを持って来ることなど決して無い。息子の部屋に上がり込んでいる女子が気になって仕方がないのか、その手にお盆に乗せたお菓子とアイスコーヒーを携えて、ニコニコしながらやって来た。何も、今日初めて連れてきたわけでもないのにだ。

 「いらっしゃい、琴美ちゃん」

 「あっ、おばさん。お邪魔してます! わぁっ! わたし『たけのこの里』大好きっ!」

 琴美はコーヒーよりもチョコレートの方が気に入ったようだ。

 「でしょ? この前、そんなこと言ってたから。祐介なんか、絶対『きのこの山』の方が旨いって言うのよ」

 「えぇ~、判ってないなぁ男子わぁ。絶対『たけのこ』ですよねっ、おばさん!」

 女子供に『きのこの山』の旨さは判るまい。祐介はそんな風に思った。

 「うっせぇな、それ置いたらさっさと行けよ」

 「はいはい。じゃぁ下に居るから、何かあったら声かけてね」

 「はぁ~い」

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