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 それからも祐介は琴美に話しかけた。こうして二人は、徐々にその距離を詰めていった。たとえ教室のクラスメートから冷たい視線が投げかけられようとも、そんなことは気にしなかった。そんな祐介がクラス内で「浮かず」に、今まで通りの立場を維持できたのは、本人の成績や性格に寄るところも大きいが、意外にも基也が多大に貢献しているのであった。基也はクラスの人気者であり、中心人物である。その基也が祐介の親友である以上、祐介に滅多なことなど出来るはずではないのだ。その流れで、琴美に対する嫌がらせも減少傾向にあった。


 そんなある日、物理の授業で実験が行われた。実験室で5~6人の班に分かれ、それぞれが水の電気分解の実験を行う。班分けは出席順であったが、祐介と琴美は同じ班になりそびれてしまった。並木と山下なので出席簿上は比較的近かったのだが、丁度、二人の間で班が分かれてしまったわけだ。

 最初、祐介は心配で、琴美の班の方をチラチラと盗み見していたが、取りあえず問題なく溶け込んでいるように見えて少し安心した。そして実験が佳境に入った辺りで、基也の声が響いて我に返った。実験の方に注意が行ってしまい、琴美のことをケアできない時間帯が続いていたのだ。

 「山下ぁ、あぶれてるんならコッチに来いよ」

 突然、声をかけられた琴美が、ビックリした様子で基也を見た。琴美の班の誰かが、琴美をつま弾きにしたのであろう。何もすることが無くて手持無沙汰の琴美を見かねた基也が、自分の班に彼女を呼んだ声だった。

 「えっ、いいの?」

 「構わねぇよ。来いよ」

 琴美はそのまま、基也の班で実験を続けた。それを見た一部の女子生徒は、言いようのない険しい顔をしていた。

 「何あれ。ムカつく」

 そんな囁きが聞こえてきたが、基也に対してその様な言葉を使う勇気を彼女たちは持ってはいない。祐介は基也に向かって拝むようなポーズを取り「有難う」という意思を伝えると、頷くような仕草を基也が返した。


 何かある度に基也は、二人のことを思って行動してくれていた。それは若干、お節介のような色合いを帯びることも多かったが、いずれにせよ祐介たちは、基也の心遣いに大いに助けられていた。そのことは祐介にも判っている。一度、祐介は面と向かって基也に礼を言ったことが有る。

 「基也、有難うな」

 シリアスな話をするタイプではない基也が、照れ隠しでおどけた。

 「何だよ、裕ちゃん。改まって。イチゴミルク代なら返してもらったゼ」

 「お前が居てくれるお陰で、俺はこのクラスでやっていけてるから・・・」

 祐介の言う意味が判っている基也は、恥ずかしそうに言った。

 「そりゃぁ、まぁ、なんだな。お前と山下が、なんつうか・・・ 幸せになってくれたら俺も嬉しい訳だし・・・俺って正義の味方なわけだし・・・」

 何を言っているのか良く判らなかったが、二人を応援してくれていることだけは伝わった。やっぱり友達って、良いもんだなと思った。

 「ホントに有難う。いつか琴美と一緒にお礼しなきゃな」

 そんな他人行儀なこと言う祐介に、基也が突っ込みを入れた。

 「礼なんて要らねぇよ。つまらねぇこと言うなよ。ただし、二人の間に産まれた子供の名付け親は俺だからな。覚えとけよ!」

 「うっせぇよ、バーカ」


 そう考えると、イジメなどというものは、微妙なパワーバランスの上に成り立っている幻想なようなもので、何ら絶対的な意味など持ってはいない。従って本来であれば、それに人の一生を左右するような力が備わっているはずなど無いのだ。だがしかし、それは攻撃される人間の退路を断ち、心を踏みにじり、そして隔絶された見えない容器の中に押し込んでしまう。そうして当人の人生を変えてしまう程の、あるいは人生を終わらせてしまう程の大きな打撃を加える点において、もっともタチの悪い攻撃手段であると言えた。そういった意味で、それはレイプ、暴行、強盗、詐欺などよりも遥かに卑劣で、許さざるべき犯罪なのである。

 祐介が寄り添うことで、琴美に対する表立ったイジメは姿を消し、事態は良い方向へと動いているかのように思えたが、それは見えない裏側に姿を隠したのであって、ある意味、より陰湿な手段へと姿を変えただけなのであった。イジメる側は、自分の優位性や存在意義を誇示するためにイジメるのだから、攻撃対象が無くなれば新たな獲物を見繕うか、形を変えたイジメを継続するように出来ている。つまりイジメる側の精神構造や行動原理は至極単純で幼稚なのだ。そんな奴らに負けたくはない。その気持ちから始まった琴美との関係も、次第に絆を育み、いつしか大切な友人同士となっていた。琴美にとっても祐介は、かけがえの無い特別な存在として受け入れられていた。

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