第二章:業務週報
1
退屈な授業が終わり、5時限目の終了を告げるチャイムが鳴った。例によって生徒たちは、バタバタと部活に向けて一斉に動き出した。祐介も教科書やノートを鞄に放り込むと、ワンゲル部室に向かおうとした。その際、琴美に向かって声をかけた。
「山下ぁ、お前、何部なんだっけ?」
「あっ・・・ えっ・・・ 私、英会話部」
そう言って何かを机の中に隠した。何だ? 昼休みと感じが違うぞ。そう思った祐介が言う。
「どおした? 具合でも悪いのか?」
琴美が慌てて応える。何だかドギマギした様子だ。
「ううん、何でもない。大丈夫だよ」
そう言いながらも表情は硬く、青ざめているようにすら見えた。琴美の両手は机の中に差し込まれたままだ。明らかに様子がおかしかった。
「何隠してるんだよ?」
祐介が琴美の腕を掴んで引っ張った。
「何でもない、あっ・・・」
すると、ダイビング・マガジンが滑り落ちた。それは何者かに踏み付けられたようにグシャグシャになって、無残な姿を晒していた。その表紙には、極太の油性マジックで何かが書き込まれている。
『臭ぇんだよ!』
『バーカ!』
『死ね ブタ』
祐介がそれを拾い上げた。
「こ・・・ これ・・・」
琴美は黙って自分の机の一点を見つめていた。その顔には、恐怖にも似た表情が張り付けられ、その身体は小刻みに震えていた。薄く開いた口からは、微かな声が漏れている様であったが、祐介にはそれを聞き取ることが出来なかった。
「何だよ、これ・・・」
琴美は何も言わなかった。
「誰がやったんだよ」
琴美の目からは、涙が溢れそうだった。その様子から、質問の答えが返ってくるとは思えなかった。祐介がクラスメイトに向かって声を上げようとしたその時、琴美が彼の腕を掴んだ。それは弱々しい力だった。
「いいの、並木君・・・ いいから・・・」
「だってお前、こんなことされて・・・」
「いいの! 放っといて! 余計なことしないで!」
その強い口調に祐介がたじろぐと、声を落として琴美が続けた。
「ゴメン・・・ でもいいの、いつものことだから・・・ 何でもないの・・・」
琴美の涙を貯める目を、祐介は呆然と見つめた。
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