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 放課後の開始を告げるチャイムが鳴った。生徒たちは各々が所属する部室、サークル室に向かってバラバラと移動を開始していた。基也は「んじゃ」と言ってバスケ部の部室の有る、体育館横の合同棟に向かった。祐介も「じゃぁな」と言って片手を挙げた。

 「一応、ワンゲルの部室に顔を出してから帰るか」

 鞄を持った祐介が立ち上がり、振り向きざまに歩き出そうとした時、右後ろの机に脚を引っ掛けた。その弾みで机がガタリと動き、席にいた女子生徒が「きゃっ!」と小さな悲鳴を上げると同時に、机の中身がバサリと落ちた。

 「あっ、ゴメン、ゴメン」

 そう言って祐介が散らかった中身を拾おうとすると、その女子生徒が言った。

 「ううん、大丈夫」

 二人でしゃがみながら拾い集めていると、祐介は見慣れない雑誌が混ざっていることに気が付いた。それを拾い上げてみると、表紙には『ダイビング・マガジン』とあった。

 「これ・・・」と言って雑誌を手渡すと、その女子生徒はチョッと恥ずかしそうに微笑んで「えへっ」と言って受け取った。

 「ダイビング・・・ するんだ?」そう聞くと女子生徒は言った。

 「ううん、したことは無いの。でもいつかしたいと思ってるんだ。ちゃんとライセンス取って」と笑った。


 彼女の名前は山下琴美。高校に進学して同じクラスになり・・・ そこまで考えて祐介は唖然とした。それ以外、彼女に関しては何も知らないことに気付いたからだ。出身中学は? 得意な教科は? 部活は? 見事に何も知らなかった。そんなに目立つタイプではなかったし、物静かな印象を持っていたので、今まで祐介の思考の中に琴美が入り込む余地など無かったのだろう。そんな彼女がダイビング・マガジンを持っていた。彼女の持つイメージとダイビングのギャップが不思議なコントラストを作り出していた。

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