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 授業の合間の休憩時間だった。

 「祐ちゃ~ん」

 吉岡基也が後ろから祐介の首に腕を回し、馴れ馴れしく話しかけてきた。基也は高校に進学して最初にできた友達で、あまり共通点は無いのだがなんとなく馬が合うので、今でもよくつるんでいる。身長は祐介と同じくらいで、高校生としては高い方であったが、バスケットボール部に所属する基也の方が、ガッチリとした印象だ。

 「夏休み、また山行ってたんか?」

 「あぁ、そうだよ」

 祐介はイチゴミルクの紙パックにストローを刺しながら応えた。すると、祐介の前の席に移動した基也が、空いた椅子に腰かけながら言った。

 「どこだっけ、いつもの山・・・ 高尾山?」

 咳込んだ拍子に、イチゴミルクが変な所に入った。暫くゲホゲホしていた祐介が、真っ赤な顔をしたまま面を上げた。

 「バッ・・・ ちげーよ! 高尾山じゃねーよ! んなとこ行くかよ!」

 「んん~・・・ 俺には山のことは判らん。・・・で、また一人で行ったん? ワンゲルの連中と行きゃぁいいのに」

 「ワンゲルは関係無ぇから。一人で行かなきゃ意味無いし」

 「ふぅ~ん、そんなもんかねぇ・・・」


 祐介が所属するのはワンゲル。いわゆるワンダーフォーゲル部だ。山をはじめ、あらゆるアウトドア活動を通して心と身体を鍛えるみたいなノリで、当然キャンプなども行う。背負ったザックの重さを量り、既定の重量を満たしていない場合は、ペットボトルに入れた水を追加して十分な「負荷」を部員たちに課すような、前時代的な風習が今でも残っている。基也のバスケット部とは異なり、決して女子にはモテない部活ナンバー1の座を、鉄道研究会、アニメ研究会と共に争っていたが、近年ではアニメ女子も増えているらしく、鉄研とワンゲルの二強時代が到来していた。

 祐介がワンゲルに入部したのは、決してそういったアクティビティが好きだからではない。この高校では全員が何らかの部活、ないしはサークル活動に参加することが義務付けられており、新入生がその希望を提出する日に遅刻してしまったのが原因で、人気の有る部にはエントリーすらできなかったのだ。ちなみに『部』は学校からの補助が出る正式な活動で、『サークル』は同好会の様な緩い活動が主となる。本来ならテニス部希望だったのだが、遅れて登校して来た祐介に残されていた選択肢は限られていた。その中でも「マシかな」と思われたワンゲルに入っただけで、祐介が山に入る時にワンゲルの連中が絡んでくることは無かった。というか、絡ませなかった。皆でお手て繋いで仲良く登りましょう、みたいな登山には全く興味が無かったし、祐介の本格的な沢登りについて来られるメンバーなど居ないからだ。

 「で、お前、あれ提出した?」と問う基也の顔をポカンと眺める祐介であった。

 「あれって?」

 「ほら、あれだよ。高校卒業後の進路希望」

 「あぁ、あれな・・・ まだ提出してない・・・ つうか、どうすっかな・・・」

 「だべーっ! ったく、一年っ時からそんな希望を提出させるって、この学校おかしくね?」

 祐介はストローに息を入れたり出したりして、空になったイチゴミルクの紙パックをパコパコいわせながら、また窓の外を見た。


 ぼんやりと考える自分の将来像と言えば・・・ 親父と同じ、技術者としての会社員なのだろうか? 別にサラリーマンになりたいわけではないが、毎日楽しそうにしている父を見た限り、それも悪くはないのかもしれないと思っている。もちろん、父が会社でどのような仕事をしているのか詳しいところは判らず、会話の端々から断片的に知っているに過ぎないのだが、それでもサラリーマンって、言うほど悪いものではないというのが祐介の印象であった。

 この話を基也にしてみたところ「絶対違う! お前は間違っている!」と強く諭されたわけだが、基也が主張している言葉の根拠に関しても、特に実感が伴っているはずもなく、結局のところ自分の将来に対して、何らかの具体的な像を描くことが出来ないのであった。

 そうなると、残された選択肢は「取りあえず大学に行っておくか」というところに落ち着かざるを得ず、「どうせ行くんだったら、より良い大学」ということになる。でも「良い大学」って何だろう? 偏差値が高ければ「良い大学」なのだろうか? きっとそうなのだろう。それを否定するに足る実例的な根拠を、祐介は持っていない。ただ、がむしゃらに勉強して「良い大学」に行った結果として得られる物が、本当にそれほど大切な物なのだろうか?

 その時、次の授業が始まるチャイムが鳴った。空に浮かんでいた魚の雲は、いつの間にか何処かへ泳いで行ってしまっていた。

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