第一部
第一章:ダイビング・マガジン
1
「・・・であるからして、角Dと角Fの角度は等しいと言え、従って三角形ADEと三角形BFGは相似形であると・・・」
ボーッと窓の外を眺める祐介は、形を変えながら流れる雲をその目で追っていた。夏休み明けの二学期。それぞれの楽しかった休み中の興奮を引き摺っていたクラスメイトたちも、今ではその浮かれた気分を心の何処かに仕舞い込み、再び始まった退屈な学校生活に順応しようと悪戦苦闘していた。その順応の為の努力を早々に放棄してしまった祐介は、どうしても身の入らない図形や数式を小突き回しては、授業終了のチャイムが鳴るのを待っていた。
祐介が通うのは、市内に有るとある高校だ。その、現代の建築技術の粋を凝らしたかのようなモダンで洗練された校舎からは、それが私立高校であることを誇らしげに謳っているかのような印象を与える。意外に歴史も古く、甲子園での優勝経験なども有ることから、文武両道を地で行くような活気に満ち触れていた。幼稚園から大学まで揃った一貫教育を売り物としている一方、より高難易度の他校への受験も奨励していて、本当に優秀な生徒の中にはエスカレーター式のラインには乗らず、違う世界へと旅立ってゆく者も多い。と言うのも、これだけ大規模な私立学校法人ともなれば学費もそれなりに高く、より安価な公立への鞍替えを模索する家庭も多いわけだ。
その一方で、私立特有の独自な教育方針や近代的な教育環境に魅力を感じている家庭も多いと見えて、県内では有数の進学校としても認知され、名前を聞けば「頭の良い学校だね」と言われる程度には評価されていた。特に優秀な生徒は英進科など、少数精鋭の特別枠に編入され、男子ならばネクタイの色が、女子ならばスカートの色が変わってエリートの称号が得られるシステムだ。
まだ一年生の祐介には、英進などの別枠が用意されているわけではないのだが、自慢ではないが勉強だったら出来る方だ。今となっては、どうしてそうなのかは祐介自身にも判らないのだが、適当に勉強しているだけでも周りの皆よりも良い成績を修めることが出来た。そこまで目くじら立てて勉強などしなくても、成績は常に学年の上位10%以内だ。中学生の頃はそれが自分のステータスであり、テストで高得点をとることが自慢でもあった。それなのに高校に進学した頃から、その気持ちはシュワシュワと萎んでいったのだ。勉強が大切だということは判っている。より上を目指すために学業に力を入れることを否定するつもりは無いし、必要とあればその努力をする覚悟も有る。ただ、それは「今なのか?」という疑念が頭に取り付いて離れなかった。勉強を頑張ったその先に有るものが何なのかが判らない今、脇目も振らず勉学にいそしむことが絶対的に必要なことだと、どうしても思えなかったのだ。
再び窓の外に目をやると、さっきまで犬の形をしていた雲が、いつの間にか魚の形になって東の空に向かって泳いでいた。
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