教室のど真ん中で愛を叫ぶ

osa

幼馴染の好きな人




 時は三時限目、場所は教室ど真ん中。


 その日、俺の通う高校では、なんか不祥事が発覚したとかで先生方は軒並みその対応に追われて出払っており、残された俺達生徒には朝から“自習”という名のフリータイムが与えられていた。


 そんな、学校の風評が危機的状況の中にあって、しかし、俺個人もまた別の方向性で危機的状況の中にあった。


「あ、何だって?」


 俺は歯で加えていたシャーペンを取り落とし、隣の席から身を乗り出して来る我が幼馴染――アカリの顔を凝視する。


「だ、だから、好きな人ができたのっ……!」


 赤らメス顔晒し、こちらを睨み付けてくるアカリ。


「え、マジで?」


 全く以て信じ難いこと――というか、嘘だろ、おい。


「ほ、本当だし……」


 アカリは上目遣いにこちらをチラ見しながら、その頬や耳までも赤く染め上げてもじもじ。


 乙女しちゃってるその様子に、俺は額に手を当て天を仰いだ。


「oh……」


 なんだろうこの気持ち。別に付き合ってる訳じゃないのに裏切られたようなこの気持ち。どうしてくれんだこの気持ち――!


 俺は理不尽と知りつつも、思わず恨み言を漏らしていた。


「……いつか絶対に、ざまぁしてやりゅ……」


「え? な、なに?」


「え、いや、何でも?」


 俺の根性の無さが幸いし、声も器も小さい台詞はアカリの耳には届かずに済んだ模様。


 自分で言っておいてなんだけど、ほっと一安心だわ。


 しかし、アカリに好きな人か……なんて言えば良いのか、あー……。


「あー……うん、そうか、好きな人ね。うん、そうか、好きな人ね。うん、そうか……」


 俺は胸焼けを覚える不健康な心持ちになりながらも、同じ言葉を繰り返して間を持たせようとする。


 そして、アカリの恋愛相談に対し思いの外ショックを受けている自分にショックを受ける。


 俺ってば、もしかしなくてもアカリのことが好きだったんだろうか?もしそうなら、もう周回遅れも良いところだが……。


 今更になってそんなことを考える――ああ、いや、やっぱこれ以上考えるのは止めておこう。


 俺は俺の精神衛生上の観点から、この問題に対してあえて見て見ぬ振りすることに決めた。大人の対応、政治的判断、そんな感じだ。


 そして、気を取り直すように咳払いを一つ。


 俺は、アカリの恋路を邪魔したいのに邪魔したくないジレンマを抱えながらも、アカリの恋愛相談に乗ってやることにした。


「お前のことだから、どうせ色々考えて自信が無くなったりしているんだろうけど」


「うぐっ……」


 自覚があるらしく、実に分かりやすいリアクションをしてくれるアカリ。


 こいつってば、さっぱりした性格してる癖に、昔からここ一番で日和るからなぁ。


 よし、ここは俺の話術でその自信を爆上げしてやろうじゃあないか。


「まぁ、相手がどこのイケメン御曹司かハリウッドスターかは知らないが……」


 ――と、ふざけた前置きからの~。


「アカリなら、どんな男だってイチコロさっ☆」


 バチコーンとウィンクを決める。


 それを受け、ピクリと動くアカリのこめかみ。マジこわい。


 俺は叱られる前に、畳みかけるように力説した。


「いいか、お前はぶっちゃけ超絶かわいい」


「へぁっ!!?」


 変な声を発して驚愕の表情で固まるアカリ。その顔は、湯気が出るんじゃないかって程に赤面している。


 どうやら、いっちょ前に照れているらしい。我が幼馴染が大変に初心なこと、実に喜ばしい。


 俺は自分の顔面がインフルエンザもかくやという程に発熱している感覚は断固スルーして、こう続けた。


「アカリは、顔はかわいいし、スタイルは抜群だし、性格も元気で明るくて気立てが良くて優しくて面倒見が良くて真面目で正義感が強くて、実は結構甘やかし上手で包容力もあって……」


 軽く息継ぎ。


「しかも、頭も良くて運動神経抜群で家事全般も完璧で、特に裁縫が得意なところと、料理上手なところとかマジ最高だと思ってる」


 俺は腕組みして力強く頷いた。


「あと、ちょっと機械音痴っていうか、デジタル機器に弱いところとか、そういう弱点まで本当にかわいいと思うわ。男からしたら、そういうポイントは結構グッと来るもんなんだよ、うん」


 正直、途中からはアカリを見ている勇気が無くなって、目を閉じて頷きながら喋るスタイルで誤魔化してるけど、アカリってば今どんな顔をして聞いてるんだろうか。


 これでもし万が一にも、俺が目を開けた時に前に誰もいなかったり、スマホのカメラがお出迎えした日には、確実に致命傷を負って死んじまう。


 俺は一寸先の死の幻想に怯えながらも、健気にキャラクターを全うする。


「そう、言うなれば、アカリはレアリティSSRのお嫁にしたい系女子。十数年間もお前を見続けて来た俺が言うんだから間違いないって。どんな男だって余裕で堕とせるし、自信持っていけよ」


 嗚呼――やった、やっちまった、いろいろやらかしちまった……っ!


 俺は俺の寒々しい台詞回しの数々に悶絶した。全ては自分の中に降って湧いた謎テンションに身を任せ過ぎてしまったが故の悲劇。取り返しのつかない死亡事故を起こし、俺は帰らぬ人となってしまったのだ。


 というか、そもそもが、俺みたいな合成素材にしかならないようなクソ雑魚ナメクジ風情が、SSRのアカリ様を評するなど身の程知らずだったんじゃないか?


 それはまるで、イキリグロメンがイケメン気取りで美少女をナンパするが如き、勘違いの末の犯罪行為。


 ああ、恥ずかしい、勘違い野郎の自分がとても恥ずかしい。ああいうことは、イケメンが言ってこそ喜ばれるというものだよ……。


 俺は己の所業に対し絶望感でいっぱいになりながらも、うちのご近所からお越しの相談者アカリさんに目を向けた。


「ぁ、んっ……んんんっ……っ!」


 見れば、アカリは自分の両肩を抱くように腕を回して、ピクッピクッと身震いしていた。


「うぅっ……そ、そっちこそっ、いつもいつも自覚なく平気な顔してっ……そんな恥ずかしいこといきなり言われるこっちの身にもなってよっ……!!」


 赤ら顔の涙目で、キッと睨まれる。


 え、なんだろう? アカリの声も顔もちょっとエロい感じ……。


「ま、まぁ、そんな訳だから、お前の良さが伝わればどんな奴だってお前のこと好きになるって」


 突如、幼馴染の言動が性的に見えてしまう疾患を抱えた俺は、誤魔化すようにその視線を教室内へと向ける。


 さすが、看守のいないフリータイムというだけあって、皆さん席を移動しておしゃべりをしたり、スマホを弄る奴が居たり、本を読む奴や寝ている奴、殊勝にも勉強している奴までと様々。


 まぁ、そいつらは良いだろう。


 だが、教室内でイチャ付いている糞カップル!テメーらはダメだ!


 そうして、嫉妬に狂う俺の視線の先には、校内一の秀才と名高いイケメンと校内一の不思議ちゃんと名高い美女子による能力凸凹カップルが、対面座位で睦み合うという大変ハレンチ極まりない姿を晒している。


 耳を澄ませば聞こえてくる忌まわしきカップルの語らい。


『あの……この体制は、ちょっと……』


『テツくん……すき、だいすき……』


 イケメンの膝に跨って正面から抱き付く美少女が、彼に頬ずりしながらその耳元で求愛しまくっている。


 実にけしからん所業。神聖な学び舎を何だと思っているのか、俺なんか付き合ってもいない幼馴染をNTRされるかもしれないというのに……許せねぇ。


「す、好きになるって、それほん……って、何見てるの?」


 そう言って、アカリが顔を寄せて来る。すると、至近距離で髪がふわりとなびき、女子の甘い香りが鼻孔に届く、素晴らしいデリバリーサービスが提供される。


「ああ、あの二人ね、相変わらず仲良いよねぇ」


「本人が言ってたんだけど、あいつらも幼馴染らしいな。あんなラブラブだし、中学から付き合ってんのかね」


 俺の言葉に、アカリが難しい顔で唸った。


「ん~、あの二人って付き合ってるのかなぁ?」


「いや、どう見ても付き合ってるだろ」


 だって対面座位ですよ、奥さん。


「ハッ――ま、まさか、あの二人が付き合っているのを認めたくない、イコール、お前の好きな相手って――っ!!?」


 チクショウ!そういうことかよっ!やっぱりイケメンかよっ!


 今この時ばかりは、俺は自分の察しの良さを呪うばかりだった。


 くっ……できれば気付きたくなかったぜ。でもまぁ、気持ちは分かる。俺だってブスよりも美少女が良い。そういった要素も多分にあって、俺はアカリのことが好きだったんだから……。


 俺は、あーやっぱ俺ってアカリのこと好きだったんだなぁ……と喪失感たっぷりに自覚する。


 すると、アカリが弾かれたように立ち上がり、高々と振り上げたその手を俺の机の上に叩き付けた。


 ――バンッ!!!


 静まり返る教室内とビビる俺。


「はぁあああっ!?ちっがうからっ!!」


 アカリはすごい剣幕でこちらに乗り出して来た。


 というか、近い近い!鼻先が触れ合っちゃってるから!


「私がっ!好きなのはっ!あんただからっ!あんたっ!!」


 ツッコミみたいな告白だった。


 しかしそれは、美少女様のご尊顔を間近で鑑賞しながら、甘熱い吐息を顔の皮膚で感じるオプション付き。その効果の程は、言い方と怒り顔を差し引いてもえげつない。こんなことされて断れる奴いるの?と思うのは、俺がアカリのことを好いているからだろうか。


「あっ……」


 そうこう考えている内に、アカリが今置かれている状況に思い至ったようだ。


「うあっ……うあああぁぁああぁ~っ……!」


 アカリは悶絶しながら頭を抱え、その場で小さくうずくまった。


「やっちゃったぁ……ちょっと様子見するだけの筈だったのにぃ……っ」


 蚊の鳴くような呟きが、静まり返った教室内ではよく聞こえる。


「せ、責任!責任取って!」


 アカリは急に立ち上がると、勢いそのままに俺に取り付いて来た。


 というか、責任とはこれ如何に?


「あ、あんな褒め殺しで舞い上がらせておいて、その後に好きな人勘違いされたら誰だって慌てるでしょう!?勢い余って告白だってしちゃうじゃんっ!」


 いつになく必死なアカリ。


「そ、それに!さっき私の良さが分かれば誰だって好きになるって言ったじゃん!言ったよね!?」


 なんだろう、後一時間くらいはこのアカリを見ていたい。


 しかし、俺の表情筋はそろそろ限界――もはやこれ以上、顔がにやけるのを我慢することは難しい。無念である。


「ブフッ――!」


 俺は噴き出した。


 アカリは、はぅあっ!? という奇声を上げて涙目になり、更にこちらへと詰め寄って来る。


「な、なんっ、なんで噴き出した!?」


 どうやら、悪い意味に取られてしまったらしい。


 こうなれば、こちらも気持ちを伝えさせて頂くしかないだろう。アカリだけ恥を掻かせる訳にはいかない。


 俺は椅子から立ち上がり、アカリと正面から向き合う形となった。


「あー、えっと……俺も、アカリのことが好きだ、付き合って欲しい」


 俺の顔は、それはもうホットプレートの如く、熱を放出ながらその温度を上げて行く。間違いなく今の俺は真っ赤っ赤だろう。


 ダメだ……これじゃあ全然締まらない。せっかくあまり噛まずに告白できたというのに、ダサ過ぎる。


 だが一方で、俺は俺の告白に、嬉しいっ、などと言って抱き付いて来るアカリの姿を幻視して口元を緩める。我ながら、大変におめでたいことである。


 そして、そんな俺の告白を受けたアカリが、やはり赤ら顔をして視線を反らしながら呟いた。


「わ、私は別に好きじゃないけど……」


 ええっ!!?


 俺とクラスの皆が、驚愕の声を上げる。


 そりゃないよ、アカリさん。


「で、でも、どうしてもって言うなら……――」


 アカリが、正面から抱き付くように身体を密着させて来て、その赤く色付く唇を俺の耳元に寄せ、何事かを囁いて来た。


 「――なら、良いよ……?」


 言い終えて、アカリが離れる。


 去って行く温かさと柔らかさに思わず手が伸びそうになったが、今は囁かれた内容の方が問題だ。


「いや、しかし、アカリさんそれは……」


「私のこと、お嫁にしたい系女子って言ったよね?」


 光の無い瞳で薄く微笑み、可愛らしく小首を傾げるアカリ。


 こ、こわっ、病んでりゅ……?


 そうしたアカリ様のド迫力に屈したこの俺は、今からアカリが囁いた指定の言葉を交え、もう一度告白をしなければならない責務を負ってしまった。


 というか、さっきまではこちらが優位に立っていたというのに、滅茶苦茶な強引さで俺から懇願させる流れに持って行く腹積もりのようだ。


 しかし、それが分かっていても乗ってしまう俺。


「え~……アカリ、俺は、お前のことが、好きだっ……け、けっ、ケツ――」


 先程のスマートさは何処へやら、俺はもう噛みまくりの詰まりまくり。


 当然、この体たらくは、周りのギャラリー達の顰蹙を買い、やれ、声が小さくて聞こえねぇぞ!だの、もっとデケェ声で喋れ!だの、男らしくなーい!だの、噛み過ぎウケる!だの、様々なヤジが飛んできた。


 通常ならば、そんな糞外野共は唾を飛ばして応戦するところだが、ここは教室ド真ん中、倫理観に基づけば、そんなところでラブコメを始めた俺達の方に問題があり、迷惑防止条例や公然破廉恥罪等で訴えられても仕方のない状況だ。


 しかし、そんな状況にあっても、アカリは真っ直ぐにこちらだけを見詰めたまま、俺の言葉を待っている。


 そんなアカリの顔を見て、覚悟が決まった。


 どうせ、遅かれ早かれ言う言葉だし、今ちょっと付け加えたって良いだろう。


 俺は息を吸い込み、万感の思いを込めてこう叫んだ。


「俺はアカリが好きだっ!“結婚を前提に”付き合って欲しいっ!!」


 一瞬の静寂は、緊張の一瞬。


「嬉しいっ!」


 赤面し、目の端には光る物を浮かべた満面の笑みで、アカリが飛び付いて来る。


 さっき幻視したアカリの姿が、今度は現実の物となった。


 これが、俺とアカリの馴れ初めであり、そして、教室内でイチャ付く新たな糞カップルが誕生した瞬間である。



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