第2話 展開が早過ぎねぇ?

「意外と人少ないな」


「夕暮れだと言うのに、この少なさは異常ですね」




 通りの店は軒並み店じまいを始め、通行人は慌ただしく家路を急いでいるのだろう。だが太陽はまだ、夕刻を示す位置にある。


 一通り見渡し、宿らしき看板を発見する。




「宿見つけたが、こちらの世界の通貨なんて持ってないぞ」


「一応、タカツグ様の通帳の残高をこちらの世界の通貨に換算してきました、100円が銅貨一枚です。で1000円が1銀貨、1万円が1金貨」


「それ俺許可していないぞっ!」


「ですが、転移となれば元の世界には戻れません。そんな元の世界の通貨とかいります?」




 そりゃそうだけど、となんだか納得いかない気分のまま宿へと向かう。




「らっしゃい、お二人かい?一晩一人15銅貨で二人なら30銅貨になるよ、但し夕飯は別料金だ」


「…安いな」


「新しく生活して頂くのですから、最初に経済的困難に陥ってしまってはどうしようもないでしょう?」


「何ぶつぶつ言ってんだい、泊まるのか泊まらないのか?」


「ああ、二部屋頼む」


「…一部屋でいいですよ」


「ミルフィ、何言って」


「節約大事です、まだギルドにも登録していないのですから、最初から無駄遣いしてどうするんです」


「だって、一人って」


「一部屋での料金なんですよ、あの料金設定は…ったくタカツグ様って取り扱い説明書読まないタイプですなんですか?カウンターの料金表に書いてあるじゃないですか」




 なにかとぎゃいぎゃいと言い合う俺らに




「はいはい、一部屋ね。騒ぎは起こさないでおくれよ」




 と、木の札が付いたレトロな鍵を渡してきて「名前は?」と聞いてくる。




「篝崇継」「ミルフィと申します」




 そう名乗ると、はいよと鍵№と名前が書きこまれた。




「料金は先払い、で見たところ黒いマント羽織ってるし魔導士の様だからギルドに行くならうちを出て左に歩いていけば目立つ建物だからすぐ分かる筈」




 意外と親切な受付のおばさんに礼を言い、まずは部屋を覗いてみる。




「ベット以外殆どねぇじゃん」


「そりゃ簡易宿ですから」


「某有名RPGでさえもっとあったぞ」


「雨露が避けられたらいいじゃないですか」




 納得いかねぇと、唸りながらも広めのベッドに腰かける。




「で、お前は俺と同室でいいのか」


「タカツグ様は凹凸がある女性が好みだと伺っております、ので間違いは起こさないかと…あと私は防御魔法に特化した魔導士と言う設定になっていますので、まぁ何かあればそちらを展開すれば」


「お前なんかに手ぇだすか、俺はロリコンじゃねぇっ!」


「失礼な、これでも私200才は越えてるんですよ」


「超年上、でも凹凸無し」


「またもやセクハラッ」




 ぼふっ、と枕が飛んできて俺の顔面ヒット。




「手ぇ出してほしいのかほしくないのか、良く分かんねぇ」


「出しては欲しくないけど、興味ないと云われると悔しいのが女心ってやつです」




 うん、やっぱり分からない。




「…それよりギルドってヤツ、登録しとかないと稼げないのか?」


「身元保証は必要です。仕事斡旋して貰わないとならないし、働かざる者食うべからずとも言うでしょう?」


「凄い突き刺さる、死のう」


「こんな所で死なれちゃ困るんですよ」




 ばたんと倒れた俺の腕をミルフィがぐいぐい引っ張ってきて。




「ほらギルド行きますよ、でなきゃ閉まっちゃいますよ」


「何か訳あり、つーか夜盗出るみたいだしな、さっきの農夫の人らも言ってたし」


「なら仕事ありそうですね」


「前線に出ねぇって云っただろう」


「場合によりけり、とりあえず仕事探しにレッツゴー」


「こちらにまで来てハロワかよ」




 大きなため息を吐きながらも、引っ張られるままに立ち上がり部屋を出る。








「……確かに目立つな」


「ですね」




 なんと言うか、オカルト映画に出てきそうな建物が全部真っ黒に塗りたくられたそんな雰囲気。怪しげな植物が柱や壁を伝い伸びているし。




「これ、入るのか?」


「タカツグ様が魔導士選んだんでしょう、ここしかギルドありませんよ」


「この世界設定した人センス悪い」


「うちの管轄なんですよ、センス悪いのは認めますが」




 お互い顔を見合わせ、仕方ないとギギと重い音の割に軽い扉を開けると




「ようこうそー魔導士ギルド<オルト>へー」




 と、これまた能天気な明るい声が出迎えてくれた。見れば魔導士らしく黒いマントを羽織っている金髪のなかなかな美人である。




「えーっと?」


「当ギルドをご利用されるのは初めてですかー?まずはご説明を致しますねーギルドは大小合わせて各地に点在しております。大きな町には大きなギルド、小さな町にはこういった出張所的な感じで派遣しております」


「適当だな、おい」


「タカツグ様の頭脳に合わせて、分かりやすくご説明してくださってるんですよ」


「お前後で覚えていろ」


「…で、ございまして初めての方はまずこちらにお名前と年齢をご記入頂き、その後適応魔力と魔力値を計っていただきますー」




 ラノベに良くあるパターンだなと頷く。これでも暇な時にはラノベを読み漁っていたんだ、知識だけは有る。




「暇な時」




 またもや自分に被弾し、うずくまっていると




「タカツグさまはメンタルが弱いですねぇ、そんなんじゃ苦労しますよ」


「うるせぇ、ニートの苦しみがお前に分かるか」


「私だってあと少しでニートだったんですから」




 まだなってねぇだろ、と言いたいのを我慢し書類に記入する。




「カガリタカツグ様ですね。では此方へ」


「お先にどうぞー私は既に分かっているので気が向いたら行きますよ」




 まだ書類を書いているミルフィに見送られ、もう一人の受付の男性に案内され別室へと入る。




「では此方に手をかざしてください」


「水晶玉みたいなのじゃねぇんだな、何つーか板と云うよりタブレットに近いし」


「そんなのラノベだけですよ、ここではこうなってます」


「……は?」


「あ、言ってませんでしたっけ。私も転移者なんです」




 道理で、黒髪黒目平凡顔。ちょっとうだつの上がらない中年のおっさんだと思った。




「流石にこの年で戦士や魔術師はきついので、案内係とかじゃなきゃ無理と訴えまして」


「畜生、その手があったかっ!」


「人気職なので早い者勝ちなところがありましてねぇ」




 ぐぎぎ、と歯をかみしめるも後の祭り。仕方ないとタブレットに手をかざす。




「は!?!?!魔法適正は闇、風、水、そして魔法量は測定不能!?!?!」


「チートコース言ってたからなぁ、確か」


「いいじゃないですかっ、私の時にはそんなの無かったですよ」


「もう訳分んねぇ」




 そんなに世を儚んでいる奴が多いのか、と伸びた髪を掻く。そういえば、家から出たくなくて髪すら散髪すらしてねぇなと。今までの自分を思い出す。




「まぁ、いいや。でギルド登録は出来るの?」


「勿論、この数値で出来なかったらほとんどの魔導士は首ですよ」




 ならいいや、と部屋を出る。そう言えば結局ミルフィは来なかったな、と受付を見ると




「やだーもう、本当久しぶり。何年になるのかしらー」


「カラルさんがオプションとして此方に来てからなら15年ですね」




 何やら話し込んでいる二人を、呆然と見ていた。




「し、知り合いか?」


「あー申し遅れました、私ミルフィと同じく元天使のカラルと申しますー此方に来られた転移された方々のサポートと云ったお仕事をさせて頂いてますー」


「要するにアンタも相手にごねられたと?」


「いえいえー魂の管理成績が悪くてーこちらに放り込まれてしまいましてー規定の年期が明けましたら戻れることになっています」


「と、云う事は」




 その前に居たミルフィを見ると、明後日の方向に顔を向けていて




「お前もそうだった口かっ」


「言わなきゃならない義務はありませんっ、第一最後の頼みの綱のタカツグ様がすぐにご契約頂けていれば、ぎりぎりセーフだったんですよ」


「人のせいにすんな」


「喧嘩ーしないでくださぁーいー」




 止めるカラルさんの言葉に、ぜいぜいと息を吐きながらも




「ま、来ちまったものは仕方ない。で登録は終わったのか?」


「はいはい、こちらのタブレットに掌をかざしてください」


「もうタブレットとか言っちゃってるし」


「身分証明とステータスはこの一番上の部分、あと常時依頼されている案件はこちらを見て頂けたら。特別案件はあちらのボードにも張り出されています」




 意外に出来るな、こいつ。と中年のおっさんを見直すが、手元ががざごそしているのが気になりカウンター越しにのぞき込むとカンペがあった。




「ダメじゃん」


「し、仕方ないでしょう?カガリさんも年食ったら分かりますよ、記憶力が薄くなるって事」


「分かった分かった」




 ぎゃんぎゃん吠えているおっさんを、尻目にボードの所へと行くと『急募・夜盗討伐』と書かれた張り紙が視界に映る。




「これか」


「最近多いそうですよ、此方の世界も物騒になりましたね」


「前は違っていたのか?」


「前は人間エルフドワーフなどありとあらゆる種族が互いの領分を超えることなく生活していたんですが、最近魔族が生まれましてその者たちが領土を荒しはじめましてね」


「と、言う事はこの夜盗は魔族かよ」


「いえ、これはその魔族にやられて、職を失った者たちで結成されたようでして」


「こちらでも職を失う事あるんじゃねぇかっ!」


「無いとは言えないのですよ、適正が無い場合もありますから…タカツグ様は運が良かったんですよ。チートコースも適正が無ければ選べないコースでしたし」


「キャンペーンだからじゃなかったのか?」


「それもありますが、タカツグ様のステータスご覧ください。運のステータスやたらと波形を帯びてません?」


「本当だ」


「今まで運が無かった分、この部分に全振りされていたようですね」


「元の世界で発揮して欲しかった」


「四の五の言っても仕方ないでしょう?」




 そりゃそうだけど、と言いつつ張り紙が掌の上にひらりと落ちてくる。




「何で?」


「依頼を受ける権利があるだけの能力値を察知するとその者の元へと向かう術式がかかってます」


「強引すぎねぇ?それ!」




 結局引き受けざるをえねぇじゃんか、と項垂れながらも




「タカツグ様には例のユニーク魔法が有りますし、何よりコレ報酬金が高いです。引き受けちゃいましょう」


「痛いの嫌だ」


「私は防御魔法に特化していると云ったでしょう?攻撃は届きませんって」




 と、なんのかんのと魂関連の管理営業をやっていたらしいミルフィに背中を押され、引き受ける事となってしまった。




「キャンセル料は、報酬の2/3。失敗した場合も同じー。但し初回なので分割して払う方式も選べるわー」




 必要な事は先に言えよとカラルを睨みながら、手元の書類を見る。夕刻から夜明けに出没するらしい。




「ならこの時間帯から出るって事か」


「そうなりますね」




 仕方ない、引き受けたからにはやらないと。キャンセル料も払いたくないし。


 そう気を引き締めた。

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