至上最弱のニートがチートになったはいいけど、至上最悪で最凶の魔導士になってしまいました。

選乃ミライ

第1話 チュートリアル無しかよ

「仕事したくない…就きたい仕事も無い」




 前職、大卒で入った会社入社3年目で大きなミスをしてしまい上司には叱られ…まぁそれは仕方ないのだが、能無しだの役立たずだのと散々言われてしまい、それならと辞表を出した。

俺、篝崇継かがりたかつぐ27歳の春。


 以来、半年以上……とうに失業保険は切れ、学生時代にやっていたアルバイト代の貯金で食いつないできたが、残り少なくなってきた通帳の残高を見て大きなため息を吐いた。




「うん、死のう」




 人の思考と云うのは、どうやら煮詰まると逃げの方法へと走るらしい。後先考えず、自室の部屋……2階なのだが、そこから飛び降りてみた。




「いててて!」


「篝さんっ、一体何やってんの!」




 見れば、仁王立ちになっている1階の大家さんの姿。そしてふんわりとした感触。そっと自分の下敷きになっているのを見ればどうやら干してあった布団。太陽に当たっていて温かい…じゃなくて。




「わあぁぁぁ、すみませんっ」


「第一何で窓から落ちたの」


「いや、その」




 流石に大家さんに、アパートの2階から身を投げようとしたなど言えず、言葉を濁す。




「もう今日は許してあげるから、とっとと戻る。部屋に入る前に靴下脱いでねっ、床汚れるから」




 人は良いがちゃっかりしている大家さんの剣幕にすごすごと部屋に戻る。




「はぁ、失敗した」


「当たり前ですよっ、2階から飛び降りたぐらいじゃせいぜい骨折位にしかなりませんよ」


「だよねー」




 と、言った後で気付く。




「だ、誰!?!?」


「あ、申し遅れました。私天界のミルフィと言うものです、貴方様から自死の気配を感じやってまいりました」


「どこのラノベだ!?!?第一何で羽生えてんだよお前」


「天使ですから」


「成程……じゃなーいっ」




 ここまで、一気。ぜぇぜぇと息を吐き、改めて目の前の自称天使を見る。さらりとした銀の肩までのストレートの髪、整った、どちらかと云えば可愛い分類に入る顔立ち。まぁ、身体つきは幼いのが難点と言えば難点。俺はどちらかといえば、こうメリハリのある方が好きである。




「人の体ジロジロ見るの止めてもらえません?訴えますよ」


「だからどこに?第一部屋に勝手に入っている時点でお前の方が犯罪者だろうっ!」




 互いに一歩も引かず。


 少し冷静になったのか、ふわふわ浮いていたミルフィはすとんと畳に足を付け、正座をする。




「……今天界では人……と言うより魂ですね、溢れかえってまして。大天使様や神様の管理が追い付かない状況なのです。ですので、天界にこれ以上魂を増やすのではなく、新しい世界を作りそちらに転移して頂き、新しい人生を歩んでいただこうプロジェクトを発足致しまして。篝様にはこちらのプランをご用意させて頂きました」


「いや、胡散臭いし却下第一自殺で天国行ける訳が無い」


「振り分けとか今はあるんですよぉ、話だけでも聞いて下さいぃ」


「…無理、転移とかラノベじゃあるまいし」


「このプランですとコースから選べます、全てチートコースで戦士、魔導士、賢者の3つ。今なら特別にユニーク魔法ガチャが引けまして、それに応じて他にはない魔法が一つ付加されます」


「お前も話を聞けっ、それにどこのソシャゲだっ!戦士とか痛い目に合うし、賢者とか研究しなきゃならんだろう、魔導士もそうだろうし」


「ほうほう意外にお詳しい、あと魔導士も賢者も最初から魔法が使えますよ、確かに賢者はちょっと難しい事しなくちゃいけませんが…じゃなくてお願いしますよぉ、貴方で10人目、今月のノルマ達成できなければ私も職を失うんです」


「知るかっ」




 ぺたんこの胸を腕にすりつけてくるミルフィを振りほどき




「ニートの苦しみお前も味わえ」


「人を呪えば穴二つとも言いますよっ」


「お前人じゃなくて天使だろうがっ」


「お願いします」




 しつこい、確かに顔は可愛いが本当にしつこい。ちょっとだけイライラしていた俺は、渡されたパンフレットをばん、と床に叩きつけどっかりと座ったまま黙り込む。




「なら、篝様はどんな人生ならやり直すおつもりになられるのですか?」


「可愛い女の子の部下が居て、ちやほやされて最低月収100万なら」


「ある訳ないじゃないですかっ、この魔導士ならこちらの世界で云う100万単位稼ぐことも可能ですけど」


「魔導士ってのが胡散臭いしカッコ悪い」


「贅沢過ぎません?」


「第一可愛い女の子が居るとは限らない」


「……可愛い女の子なら目の前にいるじゃないですか」


「それ自分で云う?確かに顔は可愛いけど寧ろ凹凸は無いし、俺はこうメリハリのきいたナイスな…」


「セクハラ―ッ」


「デカい声で言うな、人聞きの悪い」




 埒が明かない。互いに一歩も譲る気が無い時間だけが刻々と過ぎていく。




「じゃ、こうしましょう。私も一緒に行きます」


「は?」




 何てこと言い出すんだ、この天使は?


 呆気にとられていると




「可愛い女の子の部下が居て、100万円稼げたらいいんですよねっ」


「そりゃ、まぁ」


「凹凸の無い…うっ、自分で被弾した…は今後に期待と言う事で、お試しで如何ですか?」


「お試しって転移したら二度目もあるのかよ」


「そこは人生を過ごした期間が条件を満たしたら発生しますので、こちらでいう雇用保険みたいなものですよ…次は転生コースもありますし」




 流石に、このままお互いにらみ合ってても仕方ない。




「この中で魔導士なら前線に出なくていいんだな?」


「まぁ、後方支援な役目ですから…その気になって頂けましたかっ?ご了承頂けたら契約となりますが」


「……俺がうん、と言うまでお前粘る気だろう」




 ぎく、とした表情にやっぱりなと確信する。




「お前のメリットは?一緒に転移するって事は天使辞めるんだろう」


「天使は基本転移できません、ですからオプション的なものとして特例が認められます……例えば一人では危なっかしい人とか、転移慣れしていない人とか」




 転移慣れしてる奴なんているのか、と半目になりつつも




「判った、じゃ魔導士にならなってやってもいい」


「ありがとうございます、今の言葉契約の印として処理されました」


「おい、ワンクリックじゃねぇかそれ」


「説明はしましたよ?篝様契約書にタッチしたでしょう、ご了承頂けたら契約完了です、と」




 見た目、可愛いのにあくどい天使はにっこりと微笑むと




「じゃ、さっそくガチャ引いて頂きます。このタブレットの真ん中の魔法陣にタッチしてください」


「本当にソシャゲじゃねぇか」




 天界とやらも現代に合わせてんのかと呆れつつも。少しだけワクワクしている自分も居る。


 新しい人生。どうせ終わらせようと思ってたんだ、一度くらいやり直してもいいかもしれない。


 そっとタブレットに触れると、まばゆい光が発し周囲を照らし出す。




「わああああ!」




 結果は?結果はどうなった?


 確認するまでもなく、世界は暗転した。






「着きましたよー」


「……チュートリアルも無いのかよ」


「時間無かったんですって、篝様がごねるからタイムリミット押し迫ってきてて……とにかく道中お話ししますから」




 横を見れば、先ほどとビジュアルは左程変わりない天使・ミルフィが居た。


 但し羽は無い。




「羽どうしたんだ、お前」


「見えなくしていますよ、この世界では魔族にしか羽生えている種族いないので」


「面倒だな、精霊とかいるんじゃねぇの」


「それでも羽の種類が違いますので」




 説明にふーん、と相槌を打ちながら




「そういや、ユニーク魔法ってヤツ。結局何だったんだ」


「あ、確認していませんでしたね」




 と今更気付いたといわんばかりに、タブレットをのぞき込むミルフィを一発殴ってもいいんじゃないかとも思った。




「げ」


「げ、ってなんだよ。げって」


「最凶魔法です、暗黒中の暗黒。人を絶望の淵どころかまっただ中に陥れる魔法」


「最強ならいいじゃねぇかよ」


「凶の字が違いますよ、掛けられた人にとって一番見たくない最悪の将来の自分の姿が精神世界を襲います」


「例えば?」


「私だと、どうしようも無く無能な魔導士の部下となり無償でこき使われ一生を終える的な?」


「お前今さり気に俺をデスったろ」


「…こほん、とにかく。最悪で最凶、但し本当に使える魔法でもあります。使われる方はたまったもんではありませんが」


「強いならいい」




 今までの人生、特別な物などなかった。恋人がいる訳でもない、親友がいる訳でもない。生きがいを探そうと、やれることを探そうと奨学金まで貰って大学に入って、両親の期待に応えようと…。


 そこまで考え、首を横に振る。


 結局逃げたのだから、もう戻れない。新しいこの人生でやり直すんだ。




「ところで、俺の容姿とかは補正あるの?」


「特には」




 黒髪、黒目。中肉中背で平凡極まりない普通顔のままかよっ!




「普通容姿とかもチートになるもんじゃねぇのっ!」


「パンフレットのどこにも書いてなかったでしょう、そんなの」


「読んでねぇよ」


「契約する時はちゃんと読むものでしょう」


「お前が焦らせるからだろうがっ!」


「兄ちゃんら、何揉めてるんだ?」


「痴話げんかってやつかい、若いっていいねぇ」




 状況把握ができてなかったのか、ようやく自分たちの居る場所が畑のあぜ道だと云う事に気付く。


 見れば畑仕事をしている中年夫婦がこちらをほほえまし気に見ていて




「痴話げんかじゃありませーんっ」


「俺だってお前なんか願い下げだ、顔だけ堕天使っ」




 ぎゃいぎゃい騒いでいる俺らに




「旅の御方かね、この辺りは物騒だから宿を取るなら早めにした方がいいよ。最近夜盗が出るからね」


「あ、はい」




 親切な中年夫婦の言葉に、毒気を抜かれ頷く。




「この先に小さな町がある、そこに格安の宿があるからね…もし冒険者ならギルドもあるから行ってみな」


「何から何まですみません」




 ミルフィが頭を下げているのを見て、慌てて俺もお礼を言う。


 こういうのは、礼儀が大事だと両親からくどい程教え込まれている。


 てくてくと、教えられた方向に歩き出し




「ま、まぁ悪かったな堕天使なんて言って」


「いえ、私こそ熱くなってしまいました」




 これから共に歩んでいく事になるであろう二人で謝罪を交わし




「篝崇継、崇継って呼んでくれ。ミルフィ…これからパートナーだからな」


「はいっ!よろしくお願いします、タカツグ様」


「様いらねぇって」




 そうして新しい人生が始まったのであった。

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